第7話 鑑定

 鑑定スキル、および鑑定眼。

 この言葉に反応する人間は、必ずなろう系作品をいくつか通っていることだろう。なぜならこの言葉はなろう系作品を語る上で決して外せない存在だからだ。


 この鑑定スキル、大きく分けると2つの役割を担っている。


 1つは状況説明。

 異世界に迷い込んで何が何だか分からない主人公に、システム的に情報を提示することで、

“どんな世界に迷い込んだか”

“話し相手がどんな種族なのか”

“身の回りの物がなんであるのか”

という基本的情報を与える役割である。所謂、“りんごのようなもの”を“りんご”にする役割だ。

 この役割は特に、主人公が転移する作品で果たされることが多い。鑑定があるかないかで主人公が異世界に飛ばされた現状を把握するスピードに大きな差が生まれて来るため、転移させる時にはとりあえず鑑定スキルを持たせておくのがテッパンである。それにその後の展開でも説明パートの大半を省いてくれる機能もある。


 もう1つは無双道具。

 “......なんでも無双に繋げるのか”と思う方もいるかもしれない。残念ながらその答えは紛れもなくイエスだ。主人公の能力は何であろうと無双する可能性があることを忘れてはならない。

 情報=力になるというのはまぁ現代社会に生きる人間ならばイメージしやすいだろうが、それは異世界でも通用するのである。

“モンスターのレベルや弱点”

“敵のステータス”

“武器のエンチャント”

等々。他の人間が知りえない情報を、主人公だけが知っている状況を作り出すことで様々な無双に繋げていく。最近は鑑定で得られた情報を書き換えたりもするので何でもありだ。


 このように鑑定というのは、なろう系を長い間読んでいる人間にとっては古くからの知人、いや幼馴染といっても過言ではないものである。

 だから当然、なろう系を読んできた人間は、1度は考えるのだ。

 自分も鑑定スキルがあったなら、と......




「よーし、書けたー」


 私はキーボードから手を離し、大きく伸びをする。小説を書いてて気づいた事であるが、私は物語のクライマックスになると手を止められなくなるらしい。時計を見て3時間ほど休む間もなく書いていた自分に少し驚きながらも、満足気に息を付く。


“今回のは自信作だ!”

 

 私が数年前から書いているシリーズが終盤ということもあって、編集部からは新作を期待しているという声をいただいている。なかなか良い案が浮かばず、編集者からもボツをもらうことが多かったのだが、今回のはいける気がする。


“もうなろう系を書いている時とは違うんだから!”


 今の私は、なろうで書いていた時のように主人公が意味もなく無双するような物語を書いている訳ではない。私に付いている一定層のファンが望むであろう作品を、私が最も面白い形で書いている。これがプロの小説家ではなかろうか。


“さらば、なろう系!”


 私が心の内でなろう系への卒業を祝っていると、スマートフォンのアラームが鳴る。


“そっか、もうそんな時間か”


 息子をお迎えに行く時間である。



「ひな先生、こんにちはー」

「あー、天成くんのお母さんこんにちは」


 幼稚園に着くと、門の前に息子の担任の先生がいたので挨拶を交わす。

 この先生は失礼ながら、少し変わっている部分がある。しかし、うちの息子の奇行に振り回されながらも、他の子と分け隔てなく接してくれるとても良くできた先生である。


「天成くんお母さん、実は少しお話があって、」

「え、またうちの子が何かやっちゃいましたか?」


 息子がやらかしたこと......心当たりはある。


『遺伝って怖いね。 お母様、僕も鑑定のスキルがあったみたいなんだ』


 息子が朝、幼稚園に行く前に言い残していった言葉である。


“また、暴走したかぁ”


 私は諦めて、先生の言葉の続きを聞く。


「いや、別に天成くんが悪いということではないのですが......物知りな天成くんがみんなから質問攻めにあってしまったようで。

 それから天成くんがあまり話してくれないんです」


「なるほど......」


 今朝の息子の様子と先生の言葉を合算して考えると、多分、鑑定スキルのがあると言った息子に対し、他の子がいろいろと質問をしていったのだろう。それでうまく答えられず、口を閉ざしてしまったと。


 先生の奥、教室にいる息子を見ると、不機嫌そうな顔をしながら帰りの支度をしている。


「あの、別にみんなが質問したのはただの好奇心で、いじめのような悪い感情があった訳ではなく......」


「あー、はい。 大丈夫ですよ先生。 今回も多分息子が最初に火種を巻いた事ですし、それも息子自身理解していると思います」


それに、私は知っている。


「それに、この程度で心が折れるほど弱い子でもありませんので」



 私は帰り支度を済ませた息子と一緒に帰る。帰り道は終始無言で、静かな住宅街に2人の足音だけが響いていた。


 家に帰るといつも通りの日常が過ぎていった。ご飯を食べ、お風呂に入り、寝る準備をする。いつもと違うことと言えば、息子の口数が少なかったことと、いつもよりそれが早かったことだろうか。


「今日はもう寝るから、部屋に入ってこないでね」


 不機嫌そうに言う息子に対し、私は頷く。


「分かってるよ。 おやすみなさい」


 息子の背中を見送りながらも息子に聞こえないような声でつぶやく。


“まったく...... タブレット持って何を言ってるんだか”




 次の日、息子を迎えに幼稚園に行くと楽しそうに友達と話す息子がいた。


「それがですね。 昨日答えられなかった質問に対して、天成くんがどんどん答えてて。

 それで流石天成くんは物知りだねって盛り上がっているところなんです!」


 ひな先生が今日の幼稚園の様子を嬉しそうに語ってくれる。きっと昨日のことをひな先生も気がかりに思ってくれていたのだろう。ほんと、良い先生だ。


「あれだけの事を知っているなんて、やっぱり天成くんは天才なんですかね?」


 ひな先生は息子を称えるように言ってくる。でも、私はその言葉を否定する。


「いえ、ただの地頭の良い、努力家ですよ」


“そしてなろう沼にはまっているだけです”


 心の中でそう付け加えて。



 奥で友達と話している息子の様子を見る。


「ねー、私が今何考えてるかも分かるのー?」

「えーっと......動き回りたいからなんかで遊びたいって思ってる!」

「せいかい! てんせいくんすごいね!」



 本当に息子に鑑定スキルが宿ったのであろうか......

 いや、そんな訳がない。


 私は知っている。


 昨日の不機嫌な顔は怒っているのではなく悔しさなのだということを。

 昨日寝る時間になってもずっとタブレットで調べ物をしていたことを。

 調べ疲れて寝落ちしたその顔には悔し涙が流れていたことを。


 今だって女の子の気持ちが分かったのも決して鑑定スキルがあったからではない。彼女のことをよく観察して、何を思っているのかを感じ取ったからだ。



 きっかけは鑑定スキルというしょうもない理由だったかもしれない。

 しかし、それを持っていると証明するために、

他人のことを知ろうとすることが、

他のあらゆるものを知ろうとすることが、

私は間違っているとは思わない。



「天成―! 帰るよー!」

「はーい! じゃあね、みーちゃん!」

「うん! またあした!」



 今日の帰り道は息子が饒舌だ。どんな質問にどんな風に返していったのかを楽しそうに語っている。

 そんな息子に少し意地悪したくなって、帰り際のシーンに触れる。


「でも、鑑定スキルで人の気持ちなんて分かるのかなー?」


 そう言われた息子は少し驚きながらも、笑顔でこう返すのだった。


「ぼくの鑑定スキル、Lv.10だから!」

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