第6話 闇堕ち
中世ヨーロッパ。
無事に役目を終えて隠居生活を送っていたら、なろう系の舞台として取り沙汰され、数々の汚名を受けることとなった時代であり、舞台である。
なろう系にてなぜこんなに中世ヨーロッパが流行ったかという議題は数々の学会で所説発表されているが確信には至っていない。
一説。中世という時代が適していた。
作者が世界観を書き表すことができ、尚且つ転生した主人公が現代知識で無双できる程度の文明の進み具合であることが作者のニーズに適していたという説。
一説。ヨーロッパという場所が日本とは異なる世界というのを表現しやすかった。
舞台の基盤は中世ヨーロッパでも設定は異世界である。あまりにも現代社会と近いものを見せられても興醒めしてしまうため、適度に日本から離れる必要があったという説。
一説。ヨーロッパの歴史なんて誰も知らないから書きやすかった。
作者が設定を書くにあたって、歴史を知っている人間が多い日本であるとボロが出やすい。そのため、誰も深くは知らないヨーロッパを舞台とし、多少ボロがでたら
“魔法があるから文明が遅れている”
の一言で済ませられるようにしているという説。
いろいろな説が飛び交い、この界隈は常に議論が絶えないものであるが、実のところ私はもっと単純に考えている。
一説。いろんな作品が中世ヨーロッパを舞台に異世界を書いているので、作者もそれしか書けないのではないか。
俗に言う、
“近所にサイゼしかなかったら、サイゼのマネしたイタリアンしか作れないよね”
説である。
「それでね、お母様ね!」
「うん、なにかな......」
息子が楽しそうに今日あった幼稚園の話をしてくる。しかし、それどころではない私は、それを上の空で聞くことしかできなかった。
“なぜ気づくのが遅れてしまったのだろう”
私の心が後悔の念で埋め尽くされる。息子がなろう沼にはまってしまったとき、あんなに注意しようと決めていたはずだったのに......
いや、私の油断をなしにしても、今回のは進行が早かった。気づいたところでどうしようもなかったのかもしれない。
“どんなに聞き苦しくても耳を背けちゃダメだ”
私は息子の話の続きを聞くことに決める。
「それでね、90マートル、あ、現代で言うところの25mね! 走ったらね、僕が27ショウト、あ、現代で言うところの6.2秒ね! で2番目に速かったんだよ!」
あぁ、これはまさしく、
“オリジナル単位!”
オリジナル単位。
異世界設定で使えないのは通貨だけだと思ったのだとしたら、それは浅はか考えである。
作者は単位すら、“これ異世界だから変えた方がいいのかな?”と考え、新たに設定するのである。ここで読者に配慮し、現代と同じ単位を使って話すかで物語の読みやすさが45度くらい変わってくる。
しかし、ここで終わらないのがオリジナル単位の厄介なところで、単位の複雑さ=世界観の複雑さと勘違いする作者が......(省略)(前章参照)。
息子は今まさにその沼にはまっているところである。
「そうなんだねぇ」
正直単位のことが気になって話が全く入ってこなかったので、内容は何も分からなかったのだが息子は楽しそうなので良いだろう。
「そしたらしぃちゃんが......あ、北の季節・4巡りの第5日にチョコレートくれた子ね! が速かったって褒めてくれてね......」
「ん?? ごめん、今なんて言った?」
「え? あ、現代で言う2月14日にチョコレートくれた子がしいちゃんね」
これは、まさか!
“オリジナル暦!”
オリジナル暦。
異世界において使えないのが通貨や単位だけだと思ったら大間違いである。
作者は暦すらいじる。
大抵の場合、季節感を出すために1年の日数は360日程度で変えず、月と週の日数をいじることが多い。
息子が言っているのも推測するに、
東西南北の4季節×9巡り×10日
で360日を作っているのだろう。
そう考えると、2月14日は“北の季節(1月始まり)の4巡り、第5日”となるのもうなずける。
“うなずけないよ! 分かりにくすぎる!”
息子との会話でここまで頭を悩ませることになるとは思っていなかった。
私は気持ちを落ち着かせるために、テーブルにあったおせんべいを開ける。
“ここまで来てしまったものはしょうがない。 まだ何とか道を正せるはず!”
私は作戦を考える。今回は大分重傷だが、まだ間に合うはずだ。どうにかして今の内に矯正しなければ......
「あ、僕もおせんべい“のようなもの”食べよ!」
“のようなもの!!”
のようなもの。
異世界で使えないのが通貨や単位や暦だけだと思うなんて言語道断である。作者は万物あらゆるものに対して、“これ、異世界にあっていいのかな?”と考えるのである。もう面倒になった作者はそこに触れないか、概要欄や物語の最初で
※ここからは、異世界にある“りんごのようなもの”を“りんご”と表記する。
というように一筆入れる。もはや魔境である。
“これはもう手遅れだ......”
私は自分の力のなさに打ちひしがれる。
ここまで進行が進んでしまった息子相手では、私じゃ相手にならない。
私は諦め、どうしようもない現実に流されようとした......その時、
-私の中から、声が聞こえた。
『力が欲しいか?』
え?
『息子をなろう沼から引きずり出すための力が欲しいか?』
急に声が聞こえて戸惑うところだろうが、不思議とそんなことはなかった。なぜなら、この声の主が分かったからだ。
自分の中から聞こえる声だからこそ分かる。この声の正体、それは、
“なろう沼にはまっていた頃の私!”
私はもう完全になろうから足を洗った身。こんな言葉になんて惑わされるはずがない。
“でもそしたら息子はずっとこのまま......”
ここでこの声を聞かずに跳ね除けてしまうのは簡単だ。
しかし、今、この声に耳を貸さず諦めたら、息子はずっと何かを話す度に注釈を入れ続ける人生を歩まなければならない。
私は自分のプライドと息子の人生を天秤に掛けた。そして......
「息子よ。 それは“おせんべいのようなもの”ではなく、“おせんべい”だよ」
「え、でもそんなの誰も分からないんじゃ......」
「私にだけは分かる! だって、」
私は、
「私には、」
息子のためなら、
「鑑定スキルがあるから!」
悪魔にだって魂を売る!
鑑定スキル。
なろう系に最も多く登場するのではないかと言われているスキル。見ただけで物の名前やその特徴が分かる。
そして、
“鑑定で出てきた情報全ては真実として扱われる”
私は息子にあらゆるものに対し、何であるかを説明していった。
『でも、鑑定スキルだからって単位は分からないんじゃ......』
という息子の反論も、
『私の鑑定スキル、Lv.20だから!!』
で乗り切った。
こうして、息子の人生の矯正に成功した代償に
○若葉七海
職業:小説家
取得スキル:鑑定(Lv.20)
が誕生したのであった。
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