第4話 魔性

 私の名前は相生ひな。

 私は今、2人の男から求婚されている。


「オレと結婚するよね?」

「ねえ、どっちにするの?」


 腕を引っ張りながら私を口説いて来る男達。それもしょうがない。私の色香に惑わされた今の2人は所詮獣。魅力を抑えられなかった私が悪いのだ。


「ん~、どうしようかなぁ」


 悩んでいるフリをしながらも結論は決まっている。


“今回も答えは保留”


 あぁ、私はなんて罪作りな女なのだろう......。

 たっぷりと焦らした後、余裕を持った表情で答えを返してあげる。


「あと10年経って結婚できるようになったら考えるね! ありがとね、かなとくん、みさきくん!」


「「はーい」」


 ......まぁ、そういうことだよね。うん。



 もう1度自己紹介しよう。

 私の名前は相生ひな。しがない幼稚園の先生である。

 私はモテる。ただ問題があるとすれば、私の魅力に気づく男の年齢層がちょっと低すぎる。これがあと20歳高ければ、私の人生は変わっていただろう。


 24歳、独身。彼氏はいないし、できたこともない。私のモテキが幼稚園でラストなんじゃないか思うと、少しゾッとする。


 というか、そもそも幼稚園という職場に出会いがないのも悪い。

 幼稚園の先生や関係者はやっぱり女性が多いし、他の場所に出張することもない。

 同僚に男性の先生がいるけれど、ちょっと子どもっぽいところがあり、私の趣味には合っていない。

 私は気の利いた大人っぽい男性が好みなのだ。


 1度寝る直前、ベッドの中で、

“私に最初告白してきた園児を送り出してから何年になるか”

“あと何年で結婚できるか”

を真剣に数えていたことがある......ふと正気に戻った時、言いようもない寂寥感で胸が締め付けられたので、それ以降は絶対にやらないと決めたが。

 幼稚園児の王子様の成長を待っているようでは流石にダメだ。



“あ~あ。世の男がみんな幼稚園児みたいに分かりやすかったからなぁ。”


 園児の相手をしながらそんなことを考える。

 幼稚園児は求めていることが分かりやすくて助かる。

 褒めて欲しい時は自慢気な顔をするし、心細い時は不安気な顔をする。たまに分かりにくい子もいたりするが、そんな時はお話して気持ちを話してもらえばよい。

 実際今年入ってきた園児の気持ちは顔を見れば大体は分かるし、大半の子は私に悩みがあれば相談してくる。


 ......いや、この幼稚園にも何を考えているか分からない子が1人いた。


 若葉天成。疑いようのない天才である。




「天成くん、どうしたの」

 外をふらふら歩いていたところを見つけ声を掛ける。


「あ、ひな先生。おはようございます」


 この子はとても流暢な敬語で先生と話す。いつそんなもの覚えたのか疑問に思い、親御さんに聞いたところ、

『家の本を勝手に読んでしまったようで......あ、もちろん固めの文庫本ですよ!』

と言っていたので本から学んだのは確かなようだ。

 まぁ、固めの文庫本の意味はよく分からないが、敬語が出てくる本ということはある程度難しい内容には違いない。どちらにしろ6歳にして読むものではないだろう。


「どうしたんですか? ひな先生」


 天成くんの顔を見ながら考え事をしていたせいで、不思議そうに尋ねられてしまった。

 まぁ、私も疑問に思ったことがあったのでちょうど良い。

「いや、さっきから足取り不安な感じで歩いていたから大丈夫かなって。 足捻っちゃった?」


 先ほどから天成くんを観察していたのだが、今日のある時から、右に行ったり左に行ったり不思議な動きをしている。立ち止まったと思っても体が傾いていたりと何か変なのだ。


「気づかれちゃいましたか。 でもけがはしていないので大丈夫ですよ」

「そう? 何かあったら話してね」

「はい」


 笑顔でそう答えてくれるので本当に怪我などの心配はなさそうだ。

 少し離れて天成くんを観察してみるが、あの動きを止めるつもりは無いらしい。

 また、左右に体を揺らし始めた。


「みて! てんせいくんが何かしてる!」


 私の側に3人の女の子が近寄って来る。この子たちは確かバレンタインの日、天成くんにチョコをあげていた3人だ。


「かなちゃんたち、天成くんが何してるか分かる?」


 天成くんに告白するくらいだからきっとその行動の意味を分かるのかと思い聞いてみたのだが、


「「「さぁ?」」」


 どうやら分からないらしい。


 普段から不思議な行動が多い天成くんだが、なぜかモテる。

 私から見たら、天才ではあるが変わり者な分彼氏には少し遠慮したいタイプなのだが、この子たちから見たら違うのだろうか?


「かなちゃんたちはどうして天成くんに告白したの?」

 気になったので率直に聞いてみる。


「えー、だっていろんなことを知っててかっこいいしー」

「話し方も大人っぽいしー」

「なんかミステリアスだしー」


“あぁ、みんなにはそんな風に見えてるんだね!”

 その後もきゃいきゃいと盛り上がる3人。

 年齢による差か恋のマジックか。私から見たらただの奇抜な行動も彼女達からすればミステリアスと映るらしい。


 するとふと今まで盛り上がっていた3人がこちらを真剣な目で見ていることに気づく。


「ひな先生も天成くん狙いなんですか?」


“やばい! この流れはっ!!”


 修羅場!

 男女関係におけるいざこざが起こっているやば目の場面を指す言葉。

 昼ドラでは毎回起こるとか起こらないとか。

 語源は仏教にあったりするらしいのだが小説家でもないのでそのあたりは詳しく知らない。


“どうしよう。どうやって否定しようか”


 素早く否定しなければならないのだが、単純な否定では逆に嘘くさくなってしまう。

 しかし、信憑性を出すために天成くんの悪く言ってしまえば、それはそれで問題が......


「じゃあ、ひな先生は4人目だね!」

「これからよろしくね!」

「また、天成くんのお話しようね!」


“あれぇ!? この子達懐深すぎじゃない!?”


 この子達の懐が広いのか、この子達を御している天成くんの心が広いのか。男性経験のない私には測りかねない。


 その後も1人の男の話題で盛り上がる3人には付いて行けず、そのまま離れていく背中を見送ることしかできなかった。




“まだやってる......”


 お昼寝の時間も終わり午後の自由時間。部屋の中から外にいる天成くんを見る。


“まぁ、天才の考えることなんて理解できないのかな”


 そんな風に考えた時、ふと昔の記憶がよみがえる。


『ひな姉はもっと俺のことを理解してくれていると思ってたよ』


 忘れもしない、幼馴染の言葉。1歳下ということもあって弟のように接していた彼。

 私はあの時、彼の気持ちも、ましてや自分自身の気持ちも理解してあげることができなかった。


 彼が東京に行く前に残した言葉はずっと胸に刺さったままだ。


“また同じことを繰り返すのか、私?”

 後悔にまみれた自分が自分自身に問い掛ける。

 

 その問に対し、勢いよく抗う自分が心の中にいた。

“そんなのは違うだろ!”


 甘えた考えを捨て去り、自分自身に発破をかける。ここで理解することを諦めたら、きっと同じ結末になる。断じて男性経験を言い訳になんかして逃げてはいけない。


“よく見ろ! 考えるんだ! 天成くんの動きに規則性はないか”


 そして、気付く......風が吹くたびに体の傾きが変わっていることに。


“風に流されるもの、テルテル坊主?”


 いや、この動きはテルテル坊主とは逆、風に逆らうように体を傾けている。

 風に逆らう......ドン・キホーテ? あれは風車に立ち向かっているだけか。


風に逆らう......体を傾ける......


 その時、天啓が下りる。私は突き動かされるように部屋から飛び出し、天成くんのところへ走った。


「その動き! ヨットだね!」


 ヨット。

 体を傾け帆の角度を変えることで、普通の船とは反対に、風に向かって進む乗り物。


 私は天成くんの動きはこれに違いないと確信した。きっとヨットに乗る練習か、天成くん自身がヨットになっているのだろう。


 天成くんの次の言葉を聞く。


 きっと時が過ぎても思い出すことだろう。

 この時が初めて、男の子の気持ちというものを完全に理解できた瞬間だった。


「えっと......その......あー、はい。正解です」


“あぁこれ絶対気を遣われた奴だー!”


 私にはまだ男心は難しかったようです。





「......ということがあったんですよ」

 帰りの時間になり、天成くんの母親、七海さんに今日の天成くんの様子を話す。

 ......当然ヨットの件は省いて。


 七海さんは今もフラフラしている天成くんを一目見ると、状況を理解したようで、

「あー、すみません。 うちの子少し変わっているので気にしないでください」

と謝ってきた。


 天成くんに関して唯一救いであるのは、七海さんが常識人であることだろう。天成くんの奇行に振り回される側の気持ちが分かっているのか同情してくれる。


“七海さんもきっと、我が子が理解できなくて困っているのだろうな”


 私は今、七海さんと心を通わせることができた気がした。


「おーい、帰るよー!」

「はーい! ひな先生さようなら!」

「はい、さようならー!」


 七海さんが天成くんを呼び、そのまま帰り道を歩いていく。


 笑顔で手を振り後ろ姿を見送っていると、風に乗って2人の会話が偶然耳に入ってきた。



「で、今日はなんで空中制御の練習してたの?」

「やっぱりお母様には分かるかぁ。

 あのね、風魔法で空を飛ぶことを考えたら、常に体を垂直に保たなきゃいけないからその練習を......」


...............。



 訂正。

 この幼稚園には何を考えているか分からない“親子”が1組いる。

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