第3話 テンプレ

 なろう系小説。

 このように呼ばれる小説には、大きく分けて3つのテンプレートが存在する。


 1つ。主人公が転生するパターン。

 小説のジャンルによって転生先はお嬢様から人外まで様々だが、大抵は転生特典と呼ばれる特殊能力や幼児の頃から自意識があるのを活用して無双する場合が多い。


 2つ。主人公が転移するパターン。

 転移前に得意だったゲームや転移前によく読んだ漫画の中に転移する。これも大抵は転移前の知識や経験を用いて無双する場合が多い。


 3つ。その他。

 ......一見雑に見えるかも知れないが割合的には多分1割にも満たない程度なので扱い的には妥当だろう。タイムリープものやVRMMO内の話などがこれに当たる。まぁこれもなんやかんやあって無双する。


 主人公無双。これはなろう系小説を語る上で切り離せない特徴である。

 書き手層故なのか読者層故なのか。人間の欲求が直接的に現れているのが、なろう系小説の特徴と言えるだろう。


 あと1つ欲求が直接的に現れる例といえば......




「ねぇ、お母様」

 幼稚園から帰ってきて間も無い息子が心持ち真剣な顔で私に声をかける。


「なんでお母様はお父様と結婚したの?」

「え?」


 今まで聞かれてこなかった意外な質問に少し動揺する。まさかそんなことに興味を年頃とは。


「んー、そうねぇ」


 真剣に聞く息子にできるだけ真摯に応えようと、返答を考える。


「お父さんがどんな時でも1番私を理解してくれると思ったからかな」

「なるほど......」


 他人から理解されるというのは簡単なようで難しい。この世の夫婦のどの程度がちゃんとパートナーを理解できていると言えるだろうか。

 私が夫を人生のパートナーに選んだ決め手はそれだった。そして結婚する時、夫を、ひいては家族を、他の誰よりも理解してあげようと決めたのである。


 それに夫は私の小説の最初のファンであり、黒歴史を全て知っている存在だ。野放しにしてはおけな......結婚するのも運命だったのだろう。



「なんでそんなこと聞くの? 幼稚園でなんかあった?」


 息子との雑談も兼ねて逆に質問をする。単純に息子がこんなことを聞いてきたきっかけにも興味があった。


「うん、えっとねぇ......」


 息子が少し言いづらそうにしながらも、言葉を続ける。


「多分、しぃちゃんと、かなちゃんと、みーちゃんは僕のことが好きだから、今後どうやって接していけばいいかなって......」


“これはまずい!!”


 頭の中の警戒アラートが全力で鳴っている。息子が生まれてから今までで、1番の危機感を覚える発言だ。


なんたってこれは、


“ハーレム主人公脳っ!!”


 ハーレム主人公。

 なろう系小説において無双系転生主人公と双璧をなす存在。

 作者と読者の欲望を一身に引き受けた主人公があらゆるタイプの女の子を落として、そのすべてとくっつくというなろう系の定番である。ちなみに双璧と言ったが、その大半は両方を兼ね備えているため、実質1枚のテッパンである。


“なろうの世界観に他の友達を巻き込むのは大事件に繋がりかねない!”


 私は今まで以上に腹を決める。ここでいつものように流されてしまえば、息子は『勘違いタラシごみくず野郎』として一生を歩むことになってしまうだろう。


 私が道を正さなければ。


「たとえ複数人から好意を寄せられても1人を選ばなきゃダメなんだよ?」


 相手からの好意が『本物』か『勘違い』か、という証明は泥沼になることが見えている。ならば、少なくともタラシ回避として息子の気持ちを1人に決めさせる方向に持っていく!


「でも真実の愛は1つだけだと決めつけるのはナンセンスだって......」

「うっ......」


“どの作品に書いてあったんだそんな言葉!”


 息子が読んだ作品の大半は私も読んだことあるはずなのだが、思い出せない。

 だがしかし。これで試合の流れが見えてきた。

 息子は恋愛に関しては素人。だからこそ他人の言葉を借りることしかできない。

 つまり今から行われるのは、私と息子との戦いではない。


 私となろうとの戦いだ。


“受けて立とうじゃないか”

 私は心の中で腕まくりをして応戦する。


「でも、複数人と同時に恋仲になるなんて不誠実じゃないかな?」ピシィ!!

「そんなことないよ。

  3人みんながそれぞれ違う魅力を持っていて、その全てに僕は惹かれているんだよ。

 逆にその気持ちに嘘を吐いて、1人以外に偽りの気持ちで接し続けることこそ不誠実なんじゃないかな」


“それは確かに......ってそうじゃない!”

 どこの受け売りかは知らないが息子の意見がけっこう的を射ている。

 流されないように反論しなければ。

 

「でも、まだ6歳じゃその3人の人生の責任を取れないよね?」ピシシィ!!

「この先もずっと関係が続くかは分からないけど、でもそのことを考えて責任が取れるようになるまでは節度のあるお付き合いを続けていくつもりだよ」


“将来のこともちゃんと考えているじゃないか......”


 しっかりとした応答を返す息子の成長に心が温まる。他人の受け売りではあるが、決意のこもった目でこちらを見てくる息子を見れば、その気持ちが嘘ではないことが分かる......


“ちゃんと付き合い方を考えるのなら大丈夫かな......?

 いや、でもその前に確認しておかないと!”


私はついに泥沼に足を突っ込む。


「でもその3人が本当に好きかどうかは分からないよね?」


 好意は全て勘違い。その可能性を捨てきれない私はついに聞いてしまう。

 息子は私の言葉に動揺しながらもこれに答える。


「でも、甘いもの食べれるか聞いてきたから間違いないって......」


“甘いもの? ......まさか!”


 急いでカレンダーの方を向き、日付を確かめる。

“今日は2月13日。

 ということは、明日はバレンタインデー?”


......脈ありじゃないか。もはや大動脈じゃないか。

 少なくとも息子が勘違い野郎ではなかったことだけは確認して安心してしまった。


“まぁ、もういいか。息子も息子なりに考えているんだし。”


「3人共に不誠実だと思われないように、しっかりと関係を築いていくんだよ?」

「うん! 分かった!」


 息子が実はモテるという事実は驚きだが、こうなってしまったのはしょうがない。今後も経過を見守りつつ、何かあったら話をしよう。それに......


“負けヒロインなしのハーレムハッピーエンド、私大好物なんだよなぁー!”


 元々この時点で負けが決定していた気がしないでもないが、まぁ結果は結果。本日のなろうへの敗北は甘んじて受け入れよう。




 息子との話もひと段落したところでご飯の準備に取り掛かる......とその前に、


「あ、そういえば」

 最後に気になったことを思い出したので息子に聞いておく。


「今日話していた内容はどの本で読んだの?」

 最後は負けてしまったが、ここまで戦った仲だ。最後に名前くらい聞いておかなければ失礼というものだろう。それになんやかんや今回の話も為になったし、執筆活動のためにも読んでおきたい。


 そう思って息子に聞いてみたのだが、


「ん? 僕が言ってたのはほとんどたっくんの受け売りだよ?」

「たっくん!?」


 え、たっくんって息子の友達の?

 ということは、私は幼稚園児に恋愛談義で打ち負かされたの?


「たっくんは恋愛の師匠なんだ! 僕の3倍はモテるって!」


 たっくん何者......??



 後日幼稚園児に負けた母親は、無事3個のチョコレートをもらって嬉しそうに帰って来た息子を褒めつつも、

“たっくんは9個かぁ”

などと、物思いにふけるのであった。

 

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