第2話 なろう系とは
なろう系。
それは最近できた小説や漫画、アニメの分類の一種である。
この言葉の由来は、「小説家になろう」という強い意気込みを持った人間が集まる携帯小説サイトから来ている……いつも愛称で呼んでいるためサイトの名前は忘れてしまった。
私はそのサイトで昔から物語を書いていた。
最初に投稿したのは高校生の頃だったので黒歴史も甚だしいのだが、好きこそ物の上手なれと言うのだろうか。
大学時代に投稿した転生物が偶然にもヒット。出版社の目に留まり、書籍化まで漕ぎ着けてしまった。今ではその物語も完結したが、その後も継続して書かせてもらっているのはありがたいことだろう。
......なぜかサイト投稿をしていない今の作品でも、世間からはなろう系小説と呼ばれているは納得いかないが。
そんなこともあって、自分の趣味兼資料として集めたなろう系小説は、書庫として使っている部屋の本棚に所狭しと並んでいるし、家で使っているタブレットにはなろうサイトのショートカットが1番最初に出てくる。
あぁ、それが失敗だったのだ。夫が理解してくれているので隠す必要がないと思っていたのだか、警戒すべきは夫ではなかったのだ。
この私の油断のせいで息子はなろうという名の沼に落ちてしまったのだから。
「かけたー!」
私が小説を書いている部屋の隅で何やら作業をしていた息子が声を上げる。
「ねぇ、お母様みて! お母様のためにかいたんだよ!」
勘違いしないでほしいのだが、お母様呼びは私がさせているのではない。転生した主人公が母親をそう呼ぶことが多いのでまねをしているのだ。元々敬語で話しかけてこようとしたのを止めさせたので、これでもまだマシになっている方だ。
「んー、ほんとー?」
執筆の手を止め、息子の方に向き直る。
たとえなろうの沼にはまっていようと、息子からのプレゼントに心躍らせない母親はいない。私のために描いてくれたということは似顔絵か何かなのだろう。
“どんな出来だったとしても褒めてあげようかな”
心の中でそう思いながら息子が差し出した紙を手に取る。
『赤き精霊よ! 思し召すままに作り出し火の玉で、彼の者を燃やし尽くせ!』
“これ、ファイアーボールのオリジナル詠唱だー!”
魔法のオリジナル詠唱。
なろう系小説で魔法が出る世界観ならば必ず書かれるであろう代物。
いかにかっこよく、それでいてテンポの良い詠唱を考えられるかで全ての作家が競っている(個人の見解です)。
大抵の作家はアニメ化を視野に入れ、CVを好きな声優にして脳内でリピート再生する(個人の見解です)。
「よくできてるでしょー!」
「わー、ありがとー......」
これは、どうするべきなのだろうか。
出来不出来に関わらず褒めようと誓ったが、これは褒めて良いのだろうか。でもこれを褒めてしまったらまた他の詠唱考えてしまうだろうし、それにこの子に黒歴史を増やさせるのは......
“......‼”
何を考えてるんだ私は!
見ろ! 息子の顔を。あんなに褒めてほしそうに笑っているではないか。
それに考えてみろ。私のために一生懸命作ってくれたものをどうして悪く言えようか。
“褒めてあげよう”
私は改めて心に誓った。そして褒めた後に少しばかり助言をしてやるのだ。
将来彼が小説家になるか分からない。そしてこれもきっと黒歴史になるのだろう。
けれども今彼がこれに興味を持ち、他人よりも秀でた才能を示している。それならば、母親がしてあげられることは長所を伸ばすことに違いない。
意を決した私は口を開く。
「本当にありがとね。 とてもうまく書けてるよ」
そして加えてちょっとしたアドバイスを……
「でもこの“赤き”の部分は“紅き”や“朱き”した方がかっこよくて映えるかな。あと、“作り出し”のところは“つくりだし”になっちゃってるから“作り出だせし”って送り仮名を振った良いかも。それに詠唱全体が少し短すぎるのもちょっと考えた方が良いかなぁ。主人公を無詠唱にするなら魔法の詠唱は基本長い方が無詠唱のすごさが際立つと思うし。あ、でも長すぎると今度は上級魔法との差別化が難しくなるから......」
............
正気に戻った時、私の前に息子はいなかった。
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