第68話森島さんとデート?~前篇~

 翌朝、午前中はソファーでぼけっとしてしまう。


「ここに麗奈さんがいたんだよな」


 心なしか、匂いが残っているような気がする。


「俺は変態か」


 頭を振り、気持ちを切り替える。


「ひとまず、下心は出なかったはず」


 というか、それ以前の問題だった。

 楽しさと緊張により、そういった考えに及ばなかった。


「まあ、少しずつ仲良くなるしかないよな」


 せっかく信用してもらっているのに、ここで焦ったらダメだよな。

 そんなつもりじゃなかったとか言われたら——会社行けるかな?


「そこなんだよなぁー……一歩を踏み出せないのは」


 会社が別だったら、振られても俺が凹むだけで済む。

 しかし、振られた場合……麗奈さんに迷惑をかけてしまう。


「だから告白するにしても確信が持てないことには……」


 ただ、昨日の最後のセリフは?

 そういう意味なのか?


「単純に、お礼に俺の好きな料理を作りたいってことか?」


 それとも……いや、早とちりするな。

 まだまだお互いに知らないことが多い。

 ガキじゃないんだし、慌てずゆっくりとだ。




 そして時間になったので、待ち合わせの場所へ向かう。


 幸い雨も降っておらず、気温もそこまで高くはない。


 多少ジメジメするのは、梅雨なので致し方ないことだろう。


「あっ、水戸先輩」


「やあ、森島さん。待たせたかな?」


「いえいえ、そんなことはあります」


「はい? ……いや、時間通りに来たけど。間違ったかい?」


「クスッ、ごめんなさい。あってますよー、少し早く来ちゃっただけですから」


 うん? 何かが変な気がする。

 格好か? 今回は可愛いらしい格好をしている。

 チェック柄ロングスカートに、足元はおしゃれなサンダル。

 上には白のカットTシャツに、青のシャツを羽織っている。


「そっか。雨が降らなくてよかったよ」


「そうですよねー。絶好のデート日和ってやつです」


「デートなのか?」


「だってカップル限定ですからねー」


「あっ、そういやそうだったな」


 カップルのふりをすれば良いってことか。


「ふふ、とりあえず行きましょうかねー」


 ひとまず、並んで歩き出す。


 歩いて五分ほどで、その場所に到着する。


「さあ、ここですねー」


「これは一人ではキツイな」


 ファンシーな感じの店だ。

 男一人では難易度が高すぎる。


「ですよねー? では、失礼しますね」


「お、おい?」


 いきなり腕を組まれる。


「カップルのふりですよー。別にふりじゃなくても良いですけど?」


 そう言い、軽くウインクをする。


「あんまり男をからかうもんじゃないぞ? そういうのは好きなやつにしなさい」


 どうも、森島さんは俺で遊んでいる気がしてならない。

 多分、俺が口説かないから遠慮がないのかもしれない。


「むぅ……仕方ありませんねー」




 ひとまず店内に入り、席に案内される。


「特に何も聞かれなかったな」


 カップルの証拠とか。

 いや、聞かれても困るんだけど。


「それはカップルに見えたってことですよー」


「俺と森島さんが? いやいや」


「なんでですか?」


「いやいや、釣り合いが取れてないよ。森島さんは可愛いし、社内でも人気だからね」


「そ、そんなことはあり……ますね」


「クク……そういうところは良いと思うよ」


 話してみると意外とサバサバしてるというか……。

 会社での印象とは大分違うよな。


「嘘をついても仕方ありませんしねー。その代わり敵も多いですけど」


「まあ、仕方ないよな。さて……俺はモンブランとコーヒーかな」


「私は紅茶とモンブランにしますねー」


 それぞれに注文を済ませる。


「それにしても……水戸先輩って、自己肯定感が低いですよね?」


「うっ……まあね」


「学生時代はモテなかったんですか?」


「うん? ……まあ、モテない部類に入るんじゃないかな」


「別にカッコ悪いわけでもないのに……だから低いんですかね?」


「いや、それは関係……なくもないのか? あんまり褒めてもらえる人生じゃなくてね」


「それはどういう……」


 テーブルに近づく人が目に入る。


「まずは食べようか」


「……そうですねー」


 店員さんがケーキと飲み物を置いて去っていく。


「どれ……美味い。重たくなく、一瞬で口の中に溶けた」


 黄色いペーストの中には、生クリームがたっぷり入っている。

 それでいて栗の甘さが控えてあるのか、とても食べやすい。

 砂糖を入れていない? 栗本来の甘さだけか?


「ほんとですねー! 美味しいです!」


 そしてコーヒーを一口飲む。


「ふぅ……ああ、良い。これだよ、これ」


「おじさんみたいですよ?」


「いや、おじさんだから」


「二つしか違いませんよ?」


「森島さん、そこの二つは違うのだよ。覚えておくと良い」


 俺もつい二、三年前とはまるで身体が違う。


「みんな言ってますねー。一応、気に留めておきますけど」




 そして、満足感と共に食べ終える。


「あぁ……美味しかったよ」


 もう一個いきたいところだ。


「ふふ、誘った甲斐がありましたねー。じゃあ、出ましょうか。まだ待っているお客さんいますから」


「おっ、賛成。ちょうど言おうと思ってたよ」


 人気店なので、ひとまず出ることにする。


 森島さんのこういうところは、ものすごく良いと思った。


 会社でもそうだけど、意外と周りを見ているのがわかる。



 とりあえず、駅に向かい歩いていく。


「それにしても自己肯定感が低いか……森島さんから見ても、そう思うかい?」


「そうですねー、少しチグハグな感じはします。仕事も出来ますし、見た目も悪くありませんし……」


「はは、ありがとね。いや、簡潔にいうと父親が厳しくてね。あまり褒めることをしない人だったんだ」


「なるほど……少し、時間はあります?」


「ああ、まだ四時だしね」


「少し付き合ってもらえます?」


「ん? ……ああ、良いよ」


 何やら深刻な顔をしている。


 もしかしたら、相談でもあるのかも。


 一応先輩だし、出来れば力になってあげたいよな。


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