第57話みんな余裕なんかない

 麗奈さんとのお昼ご飯を終え、俺はそのまま階段を上っていく。


 調理室に入るといつものメンバーがいるので、それぞれに挨拶をする。


 そして、俺は覚悟を決めて席に着くのだった。


 さて……どうなるかわからないが、俺の仕事は調整を行うことだな。


「さて、それぞれに考えてきたかな?」


 全員が頷くのを確認し、話を進めていく。


「意見に変わりはないかな?」


「「「はいっ!」」」


 ……うーん、あまりよろしくない状態だな。

 自分の意見に固執しすぎて、自分が正しいと思い込んでいる節がある。

 俺もそうだけど、何か一つに集中すると周りが見えなくなるんだよなぁー。


「そうか……では、その前に俺の意見を聞いてくれるか?」


 全員の視線が俺に集まる……緊張するなぁ……。

 まあ、ここまできたらやるしかないよな。


「俺の意見としては……」


 なるべく丁寧に、柔らかい口調を心がけて説明をする。

 メインが良いと思うこと。

 そして、その理由を。

 あえて違う切り口から意見を言うことで、彼らの思考を変化させる意味もある。


「どうだろうか? 家族の食事ではなく、主婦の方の一人用の食事に焦点を当ててみたんだが……」


「そっか! そういう考えもあるのかっ!」


「確かにそうですねっ!」


「なるほど、目から鱗が落ちましたね」


 ほっ……これで否定されたら凹むところだった。

 ひとまず安心だが……ここからが本番か。


「言っておくが、それを無理矢理に推し進める気はない。あくまでも君達の参考になれば良い。ただ、ひとつだけ言わせてほしいのは、意見を凝り固めないことだ。そうすると視野が狭くなって、色々なものを見落としがちになる。きっと、君達だって余裕があれば、これくらいのことは思いついたはずだ」


「水戸さん……よっしゃ! もう一回話し合おうぜ!」


「はいっ! そうですねっ!」


「まあ、いいでしょう。僕も少し頑固になっていたようですから」


 さて、ひとまず成功はしたかな?

 いやはや、胃が痛くなるなぁ……。

 上司の人達は凄いな……毎日こんなことをしているのか。

 うん、麗奈さんなんか特に苦労してそうだし……。

 今度美味しいものを作って、ゆっくり食べてもらおう。



 その後、彼らの話しあいを聞いていると……。


「ん? ……三船部長?」


 入り口で手招きをしている。

 三人は夢中になっているので、俺は黙ってそちらへ向かう。


「どうなさいました?」


「いえ、ちょっと気になっちゃって。でも、上手くやってそうで安心だわ」


「そうですかね……なんか、これで良いのか迷いっぱなしですよ」


「ふふ……それで良いのよ、水戸少年」


「いや、俺二十六歳なんですけど……」


「私から見たら少年でひよっこよ。言っておくと、あの子達と大して大差はないわ」


「ぐっ……まあ、そうですよね。俺も余裕なんかないですし」


 わかってはいるが、中々に落ち込むなぁ……。


「言っておくけど悪い意味ではないわよ? それだけ伸び代があるってことだから。あと、余裕なんかあったらぶん殴るところだったわ」


「え?」


「私だって余裕なんかないわよ。企画書を提出する際は胃が痛くなるし、社長に呼び出されたら吐きそうになるし。部下を叱る時だって、これって怒ったことになってないかしら?とか自問自答するし。私が叱ったつもりでも、相手はどう思うかはわからないもの」


「三船部長でもそうなんですね……少し、楽になった気がします」


「きっとみんなそうよ。もちろん、麗奈ちゃんなんか特に大変よねー。四年くらい前に仕事したけど、いつも頭を悩ませていたわ」


「松浦係長も……」


「田村君くらいじゃないかしら? あの人意外とタフだし、上司から何言われても柳のように受け流すし。それに、意外と自分を貫くタイプだから」


「なんかわかる気がします。意外と強引ですし」


「ふふ、そうね。つまり、何が言いたいかというと……貴方も失敗しても良いのよ。というか、言われてるはずよ?」


「あっ——企画自体が初の試みだから失敗しても問題ないって……」


 すっかり頭から抜け落ちてた……。

 彼らに余裕がないなんて言っておいて……。

 一番余裕がないのは俺じゃないか……。


「ほらね、貴方も凝り固まってたわ。田村君や麗奈ちゃんが気にいるくらいだから、きっと優しくて人を思いやれる子なんでしょうね。でも、そういう子は社会では生き辛いわ。人は思ったより残酷で——下手をすると悪人のが多いから」


「……心に留めておきます」


「ええ、それで良いと思うわ。もちろん、良い人もいるし。そういう君と仕事をしたいって人とやっていけば良いのよ。さて……長話になっちゃったわね、オバさんになると説教くさくなってイヤねー」


「いえ、とてもためになるお話を聞かせて頂きました。ありがとうございます」


「ふふ、なら良いわ。それじゃあねー」


 ……そうか。


 もちろん、失敗して良いことはないけど……少し気を緩めないといけないか。


 俺がそんなでは、下の子達だって伸び伸びできないもんな。


 俺は気持ちを新たにして、彼らの元に戻るのだった。

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