第51話麗奈さんと松浦係長
……俺もあんな風になれるかな?
落ち着いていて、怒鳴ったりせず、部下のために頭を下げられる大人に。
……いや、なれるかなじゃない。
なろうと思わなくてはいけない……でないと、近づけもしない。
「水戸君?」
「え?」
「どうしたの? ぼーっとして……」
いけないいけない。
今は、麗奈さんとお昼ご飯を食べてるんだった。
「すみません……課長は立派だなと思いまして」
「さっきの台詞よね? ふふ、ああいうところは相変わらずね。私が主任になった時も言ってくれたっけなぁ」
「なんであんなに落ち着いているんですかね? そういう人柄ってことですかね?」
「うーん……水戸君になら平気よね。課長はね……以前、期待していた部下を辞めさせてしまったことがあるらしいの」
「え? あの課長が?」
「相当昔の話らしいけどね。私も同じ質問をしたら……期待してたが故に、無意識にプレッシャーをかけてしまったって……だから、それ以降は本人の自信がつくまで待ってから期待するって……それまでは辛抱強く見守るって」
「なるほど……人に歴史ありですか」
「ふふ、それは誰にだってあるわよ。それにしても……この唐揚げ美味しい!」
「あっ、ほんとですか?なら良かったです」
「なんか……前より油っぽくないというか、それでいてまだカリッとした食感がある……何か特別なことをしたの?」
「普通は小麦粉で揚げるところを、米粉で作ったんです」
「へぇ……! 米粉で作るとこうなるのねっ!」
「ええ、油っぽくならないし冷めても美味しいのでお弁当向きですよ」
「ほんとに美味しい……あっ——タコさんだぁ……!」
おい、可愛いな。
なんだ、タコさんだぁ……!って。
いや、確かに今日もタコさんウインナー作ったけど。
「お弁当が少し可愛く見えるかと思いまして……」
「うん! 可愛い!」
いや、可愛いのは貴女ですけど?
「そ、そうですか……」
「うわぁ〜今日もあるなんて……小さい頃、憧れだったんだぁ……ウインナーってそもそも値段が高いし……」
「……では、ウインナーを入れる日はそうしますね」
麗奈さんの顔がパァっと明るくなる。
「嬉しい!」
やれやれ……次はりんごウサギさんでも作ろうかね?
喜ぶ顔が見たいし……。
その後、楽しい食事を終えると……。
「はぁ……美味しかったぁ〜。水戸君、今日もありがとうございました。とっても美味しかったです」
「いえ、その顔が見れれば良いです。麗奈さんの笑顔さえあれば」
「え……? そ、それって……」
「料理人とってはそれが一番の幸せです」
「そ、そういう意味ねっ!ア、アブナイアブナイ……」
ん?何故焦っている?
至極当然のことしか言っていないが?
「さて……この後はどうするのですか?俺はこのまま調理室に行きますが……」
「うん? もう時間ね……コホン! では、私もついていくとしましょう」
あっ——松浦係長になった。
「視察ですね……わかりました」
「緊張しなくていいわ。私は口を出さずに見守っているだけだから」
……それが一番怖かったりするんです。
麗奈さんと一緒に部屋を出て、調理室に到着する。
そして新人社員の三人と、調理場にいる二人の女性に挨拶をする。
「えっと……その女性の方は?」
「東郷君だったな……うちの課の松浦係長だ。今日は俺の仕事振りを確認に来ただけだから、君達は安心して仕事するといい」
「あっ……噂の……」
「わ、わたし、聞いたことある……」
「僕もですね……」
「あら——何か?文句があるならはっきりと言うことよ」
氷の女王によるブリザードが吹き荒れる。
「「「…………」」」
あっ——完全に萎縮してしまった……。
「松浦係長、そんなに怖い顔してはダメですよ。せっかく可愛いのだから、もっと笑顔でいきましょう」
「え?……な、何を……」
麗奈さんの顔が見る見るうちに赤くなっていく……。
……生意気言って怒ってるのかもな。
でも、ここは強くいかないと。
「もったいないですよ。松浦係長は、ほんとは優しくて可愛い方なんですから」
「「「勇者がいる……」」」
「っ〜!! そ、そう……善処するわ」
「ええ、それで良いと思います。生意気言ってすみませんでした」
「い、良いわよ、別に……」
「「「おお〜……照れてる」」」
「——何か?」
「「「いえ! なんでもありません!」」」
やれやれ……課長、俺には難しいかも。
でも、麗奈さんの良さを知ってもらうためにも頑張らないと。
挨拶も済んだので話し合いをする。
「それで……各自、一つは考えてきたかな? まずは東郷君」
「俺は、付け合わせ系が良いと思います。母ちゃんがあと1品が足りない、作るのがめんどくさいって言ってたを思い出しました」
「なるほど、それは良い案だね。確かに、時間が足りない主婦には助かるかもな」
「は、はい!」
「じゃあ、天野さんは?」
「わ、わたしは……スープ系かなぁって……」
「なんで自信なさげなんだい?良いと思うよ?結構手間がかかるしね」
「は、はい!ありがとうございます!」
「最後は奥村君だね」
「僕はあえてメインでいきたいと思います。ボイルで温めるだけで食べれるような」
「うん、それも良いね。最近は、美味しい物も増えているし。ただ、各自意見が違うようだから、ここから擦り合わせていこう。それぞれどんなメリットがあるとか、デメリットがあるかとかね」
「「「はい!!!」」」
ふぅ……中々大変だ。
のびのびと仕事してもらいたいし……。
「水戸君」
「は、はい?」
「……良いと思うわ」
ほっ……どうやら、ひとまず合格点のようだ。
その後は話し合いをし、各自でまとめたものを明日以降に提出することになった。
……人に教えたり、導いたりするのって大変なんだな。
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