第50話田村課長とのお話

 麗奈さんのお誘いもあり、慌ただしく始まった新しい生活。


 その翌日、俺はお弁当作りをしていた。


「唐揚げが良いって言ってたから……よし、アレで揚げよう」


 小麦粉ではなく、あるものを代用して揚げていく。


「卵焼きは甘めに……のり弁だから、きんぴらゴボウがいいか」


 プチトマトやウインナー、ポテトサラダなども入れつつお弁当を作っていく。


「よし……良い色だ」


 しっかりと油を取ったら、レタスの上に乗せていく。


「柚子を置いて……よし、完成だ」


 唐揚げ弁当の完成である。

 うん、美味そうだ……麗奈さんが喜んでくれると良いな。


 ……乙女かっ!




 その後自分の準備を済ませ、お弁当を持って家を出る。


「あっ——原チャがない!タクシーだった……!」


 お弁当作りに夢中になってて忘れてた!

 とりあえず、急いで電話をかける。


「あっ、もしもし……ええ、一台で……お願いします」


 良かった……すぐ近くにいるそうだ。

 まあ、なんとか遅刻はせずに済みそうだな。


「ただ……意外と一杯一杯になっているのかも」


 新人さんとの付き合いや新しい仕事……。

 うん、少し気をつけよう。

 気負いすぎてもいけないし、適度に力を抜いて……。


「それが出来たら……苦労はしないよな」




 その後無事にタクシーに乗り、何とか遅刻前にオフィスに入る。


「水戸君」


 目の前には氷の女王がいた……。

 お、怒ってる?

 い、いや……遅刻ではないはず。

 十分あれば、俺なら就業時間に間に合うはずだ。


「は、はい、なんでしょうか?」


「今日は遅いけど……どうしたのかしら?」


 心なしか悲しそうに見える……?

 だが、原因が思い当たらない……。

 タクシーを呼び忘れたって言ったら、麗奈さんが責任を感じてしまうし……。


「い、いえ……お弁当を作っていたのですが……」


「え?」


「思いほか楽しく、少々時間をかけてしまいまして……以後、気をつけます」


「そ、そう……嬉しぃ……」


「え?」


「べ、別に。それに怒ってはいません。いつも通りの時間に出社をしなかったので、何かあったのかと思っただけですので。これから新しい仕事もあるのに、だらけられても困りますから」


「心配してくれてありがとうございます。明日からは気をつけます」


「し、心配なんか……さ、さあ! 仕事するわよ!」


「はい、失礼します」


 自分のデスクについて、急いでパソコンを起動する。

 その間に、今日のシミレーションをする。


「午前中は会議の資料作り、顧客情報の入力、アンケートのまとめ……」


 その間にパソコン画面が表示される。


「よし……やるとするか」


 頭を切り替えて、目の前のことだけに集中する。




 ふぅ……なんとか間に合った。


 入力を終えた俺は、椅子に寄りかかる。


「時間は……まだ少し余裕があるか」


「水戸先輩、お疲れ様です」


「森島さんもお疲れ様。お茶、ありがとね」


「いえいえー、これくらいしか出来ませんからねー」


「そんなことないよ。俺が見ていた資料だって、森島さんが作ったでしょ?」


 入力に必要な資料をまとめてくれるのも、彼女達の仕事でもある。


「え……?わ、わかるんですか?」


「うん、何となく。いつも作りが丁寧で見やすいからさ。字と字の感覚とかね」


「……加点されましたね」


「はい?」


「いえ、とっても嬉しいってことですねー。では、失礼しまーす」


 ご機嫌な様子で、ほかの社員にもお茶を配っていく。


 すると、オフィスの入り口で課長が手招きをしているのに気づいた。


「あれ?俺にかな?」


 目線を合わせてみると頷いている。


「何だろ? とりあえず行ってみるか」


 もうすぐお昼休みなので、ついでにお弁当を持ってオフィスを出る。


「田村課長、どうしましたか?」


「いえ、少しお話しをしましょうか」


「ええ、構いませんが……」


「では、私室に行きましょう」




 大人しくついていき、いつもの部屋に入る。


「さて……仕事はどうですか?」


「少し戸惑ってはいますが、何とかやれそうです」


「すみませんね、驚いたでしょう?」


「ええ、正直言って驚きましたよ。いきなりリーダーだなんて……」


「君ならできると思ったから推薦したのです。ただ、君の性格上……」


「いえ、自分でも分かっています。前もって言われていたら、おそらく尻込みしたと思います」


「うん……良い目になりましたね。前を向こうとする意思を感じます」


「まあ、色々とありまして……」


「ご家族や麗奈ちゃんですかね?」


「ええ、まあ……少しずつですが、前に進んでみようかと思っています」


「良いことですね。それで……麗奈ちゃんとは——どうですか?」


「えっと……どうとは?」


「ふむ……その感じだと……」


「課長?」


「いえ、何でもありません……水戸君」


「はい、なんでしょうか?」


「麗奈ちゃんのことをよろしく頼みますね。色々と抱えていますが、弱音を吐ける人が少ないですから」


「ええ、もちろんです。その……社内恋愛ってどうなんですかね?」


「おやおや……」


「いえ! 別に麗奈さんがどうとかではなくて……あっ——」


 墓穴を掘った……。


「若いというのは良いですね……難しい問題ですが、双方の意思さえ固まっていれば問題はないかと思いますよ?ただ、ある程度の覚悟は必要ですが……」


「やはりそうですよね……」


「もし何かあれば、私に相談してください。おや……では、私はこれで」


「え?」


 その時、ガチャっと音がする。


「あれ? 課長と水戸君?」


「では、若人の邪魔をしてはいけないですから。水戸君……今までは言いませんでしたが——君の働きに期待していますよ?」


「は、はいっ!」


「うん、頑張りなさい。失敗しても良い。その時は、私も一緒に謝るから」


 そう言い、課長は部屋から出て行った。


 俺は……最後の言葉に感激していた。


 これこそが——理想の上司の姿だと。






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