第49話麗奈さんとバーにて

 ……はて?なんの用事だろうか?


 理由は特に書いてないし、無理なら来なくて良いってことは……。


「緊急性の高い用事じゃないってことだよな?」


 正直言って、初めての仕事で疲れているが……。


「好きな人だし、麗奈さんは優しい人だから気を使ってるかも」


 例えば悩み相談があるけど、俺に気を使ってるとか……。

 うん、なんかそれっぽいな。


「ここは行くべきだな……色々な意味で」


 麗奈さんに返事をして、タクシーにてマスターの店に向かう。




 ……ん?誰かの声が……。


「お客様!」


「うおっ!?」


「到着しましたよ」


「す、すみません」


 いかん、意識を失っていた。

 予想以上に神経を使っていたらしい。

 ただ、少しスッキリもしたな。


 その後料金を払い、店の中に入る。


「水戸君、こんばんは。ごめんなさいね、急に呼び出して……」


「麗奈さん、こんばんは。いえ、大丈夫ですよ」


「まあ、まずはおかけください」


「マスターもこんばんは。ええ、失礼します」


 とりあえず軽い物を注文して、麗奈さんに話しかける。


「それで、どうしたのですか?」


「え?」


「何か用事があったのでは?」


「こ、この間、用事がなくても良いって言った……」


「え?……いえ、そうですね。ただ、急だったもので……」


 決まっていたなら、連絡先は知ってるはずだし……事前に連絡するタイプだと思うし。


「そ、それは……あ、新しい仕事はどう?」


 なんか、表情がコロコロ変わるなぁ……。

 うーん……麗奈さんが四、松浦係長が六って感じか?


「なるほど、そういうことでしたか。そうですね……」


 新人社員のこと、リーダーになったことなどを伝える。


「え!? そうだったの……私は知らなかったわね。課長ったら……そういうところあるのよね」


「麗奈さんも経験が?」


「私が主任に上がる前に一悶着あって……まあ、女がどうとか古い考えの持ち主の方々がね……その時、私は断ることも考えたんだけど……課長が『逃げるな。君は上に行くべき人材だ。言葉遣いこそあれだが、きちんと人を評価する人間だ。それに家族のためには収入がいるだろう。微力ながら私が力を貸す』って」


「へぇ……俺に黙っていたのは……」


「きっと断ったり、尻込みすると思ったんじゃないかな?」


「……何一つ否定ができない」


 確かに、事前に言われていたら断っていたかも……。


「でも水戸君の仕事振りや、最近の様子を見て大丈夫だと思ったんじゃないかな?」


 ……いつのまにか、麗奈さんが十になってる。

 可愛らしい雰囲気に……俺だけが知る顔に。


「そういうことですか……嬉しいですね」


「あ、あと……私も、水戸君なら平気ですって言ったし……」


「ん?知らなかったのでは?」


「内容はね……ただ、そろそろ部下をつけたり、そういう経験はどうだろうかって聞かれて……私は水戸君なら出来ると思ったから……」


「なるほど……ありがとうございます。麗奈さんに言われると自信になります」


 1番認められたい人に言われる……これほど嬉しいことはない。


「えへへ……そう? ならよかったぁ」


「お待たせしました。お酒とおつまみになります」


 相変わらず、絶妙なタイミングでマスターが現れる。


「水戸君は赤ワインかぁ……マスター、同じのをいい?」


「そうおっしゃると思いましたので……どうぞ」


「わぁ……! さすがマスター!」


 正しく仕事人だな……。

 お客の要望を読み、事前に用意する。


「これは牛肉の燻製ですか?」


「ええ、流石ですね」


「へぇ……味が濃いけどしつこくない。牛肉特有の旨味が凝縮されている」


「ふふ……なんか良い案が浮かびそう?」


 あっ——松浦係長に戻った。


「どうでしょう……一応、洋食には決まったんですけどね」


「今日は私も見る時間がなかったけど、報告書は明日見るし……現場にも、顔を出す予定だから」


「あっ、そうなんですね。今日はすぐに戻ってしまいましたもんね」


「あ、あれは……み、水戸君の所為ですっ!」


 あっ——麗奈さんだ……これ癖になりそう……。


「何かしましたか?」


「うっ……うぅー……イジワルです……」


 あれ?顔が赤く……アルコールが回ってきたのか。


「そ、そうですか」



その後完全に回ったのか、麗奈さんが俺に詰め寄ってくる。

顔近っ! めちゃくちゃ良い香り! いつのまにか谷間見えてるし!


「それよりもなんですか! お昼ご飯は!?」


「え?」


「会社をなんだと思ってるんですか!? 森島さんとイチャイチャして!」


「い、いや、あれはそういうあれではなくて……」


「言い訳しないの! うぅー……」


 やっぱりまずいのか……。

 本心ではそう思ってたのかな?

 そうなると……俺との食事もまずくないか?

 残念だけど……仕方ないか。


「わ、わかりました。そ、そうですよね。では、麗奈さんとの食事も控えたほうが……」


「それはイヤ」


「はい?」


「明日のお弁当は、唐揚げ君を所望しますっ!」


「は、はぁ……」


「今日は水戸君も疲れているので帰ります!」


「き、急……えっと、つまり……?」


「お昼ご飯は一緒ですっ!」


「わ、わかりました……」


 やれやれ、よくわからないが……。


 麗奈さんになら、振り回されても嫌な気はしないな……。


そんなことを思いつつ、タクシーに乗り込むのだった。


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