第47話新しい仕事場にて

 無事に昼食を食べ終え、とりあえず自分のデスクに戻る。


 すると……麗奈さんに声をかけられる。


「水戸君、行くわよ?」


「あれ?松浦係長が一緒ですか?」


「なに?嫌なの?」


 ヤバイ……氷の女王だ。


「い、いえ……てっきり一人で行くものかと思っていたので」


「……それでも良いのだけれど、心配だから……邪魔かしら?」


 目が泳いでいる……?

 ……ハァ、まだまだ信頼には程遠いか。

 俺が頼りないから心配ってことか……。


「いえ、そんなことはありません。では、お願いしてもいいですか?」


 よし……ここは仕事ぶりを見てもらって安心して頂こう。


「もちろんよ。さあ、行きましょう」


 心なしか、ご機嫌になった麗奈さんと共に部屋を出て行く。




 その際に階段を上がるのだが……。


「…………」


 好きだと意識したからか……。

 煩悩が……引き締まったお尻や脚が目に毒だ……。

 かといって、上司の先を歩くわけにいかないし……。


「み、水戸君……?」


「はい!?」


 い、いかん……気づかれたかな?

 いや、振り向いていないはず……。


「な、なんでもないわ……気のせいよね……」


 ……しっかりしろ!俺!

 煩悩に支配されてる場合じゃないだろ!?

 それ以降は、真下を見ながら階段を上がるのだった。




 階段を上がり、以前来た部屋の前で立ち止まる。


「中にはいかないのですか?」


「ええ、挨拶は済んだのでしょう?それに、そろそろ……」


「あらー!麗奈ちゃんじゃない!」


 扉から人が飛び出して、麗奈さんを抱きしめる。


「ちょっと!?三船部長!?」


「もう!昔みたいに里美さんって呼んでくれないの?寂しいわね……オヨヨ」


「い、今は仕事中です!」


「あらあら、そんな怖い顔して……そんなんだから、氷の女王とか言われちゃうのよ?」


「……ほっといてください。今更……どうしたら良いの……?」


 麗奈さんの表情がコロコロ変わる。

 きっと、昔のことを知ってる人だからか。


「素直になれば良いのよ、貴女は。せっかく可愛いんだから、もっと笑えば良いのよ。ねっ?水戸君」


「え?……はい、そう思います。松浦係長は……可愛らしい方ですから。それに本当は優しい方で、誤解されているだけですから」


 これで正解かはわからないが、勇気を出して言った……。


「な、な、なっ——!」


「あらー……なるほど、田村君が言ってた通りってことね」


「わ、私は仕事があるので!里美さん——後をよろしくお願いします!」


 麗奈さんは両手で顔を押さえ、足早に去っていく。

 ……そっか、忙しいのにわざわざ来てくれたのか。

 やはり、優しい方だな。

 おかげで緊張もほぐれたし……よし、頑張るとしよう。



 その後、三船部長についていき、調理場と書いてある部屋に入る。


「へぇ……」


 広いスペースの部屋の奥では、コックの格好をした方々が忙しなく動いている。

 手前側では、テーブルを囲んでスーツ姿の方達が話し合っている。


「奥にいるのが調理担当で、手前が味見や食材を決めたりしているわ」


「奥にいるのは……社員の方々ですか?」


「ええ、うちの部署の料理をできる方を集めたわ」


 ……動きが素人なのはそれか。

 いや、本来そういう話だったな。

 俺を含めて経費削減ということだな。


「ふふ……良い目つきね。やっぱり、気になるかしら?」


「……田村課長から?」


「ごめんなさいね。でも、少しだけよ?」


「いえ、お気になさらずに。どっちしろ言うつもりでしたから」


 でないと信用はされないだろうし。

 それに……向き合っていくと決めたからな。


「良いわね、気合い入ってて。さて、とりあえずテーブルに行きましょう」


 テーブルに近づくと、三人の方がこちらに気づく。


「部長!その人がそうですか!?」


「わぁ……眼鏡男子だ……」


「……どうも」


 ……随分と若いな。

 俺よりも下なんじゃないか?


「ええ、そうよ。それぞれ自己紹介しなさい。他部署とはいえ、先輩だもの」


「では俺から。はじめまして!東郷拓也です!年齢二十三歳です!」


 この子は如何にもな体育会系かな?

 体格もいいし、身長もある。


「初めまして。私の名前は奥村智です。東郷と同じです」


 眼鏡をかけて物静かな感じだな。

 俺と似たようなタイプかもな……背格好といい。


「は、初めまして! 天野英子っていいます! 同じく二十三歳です!」


 前髪が長く、顔ははっきりとはわからない。

 少しオドオドしているし……上手くやれるかな?


「初めまして。私は水戸侑馬と申します。年齢は二十六歳で、会社に入社して5年目となります。今回は他部署からの出向ですが、よろしくお願いします」


 言葉遣いもそうだが……随分と若いというか……新入社員か?


「ほら、これがお手本よ。しっかりと学びなさい。本来なら、あなた達がこう言わなきゃいけないのよ?相手は先輩なんだから」


「す、すみません」


「はい……」


「ごめんなさい……」


「えっと……この三人だけですか?」


「ええ、そうよ。だからお試しってことよ。新入社員に仕事を慣らす意味もあり、お試しの商品開発でもあり、他部署との交流という意味もあるわ」


 ……そういうことか。

 俺というアドバイザーも含めて、色々お試しということか。


「言っておくけど……わかってるかしら?」


「はい、もちろんです。手を抜くつもりはありません。お試しだからこそ、真面目に取り組みます」


 もしこれが良いようなら、モデルケースになるかもしれない。

 上手く行くなら経費削減にもなり、新入社員を鍛える場にもなる。


「ふふ……田村君が見込むことはありそうね。ほら、聞いたかしら?これは大事な仕事なのよ。だから、手を抜かないこと。わかったかしら?」


 三人はハッとした表情をした後、しきりに頷いている。


 きっと、お試しと聞いたから軽く見てたのだろうな。


 ……いや、自分もそうだったじゃないか。


 うん、良い機会だ。


 初心に帰って、俺も新鮮な気持ちで取り組むとしよう。

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