第46話新しい生活の始まり

 姉貴に車を返した翌日は、ゴールデンウィークの最終日だった。


 その日は溜まった疲れを癒しつつ、自分の趣味の時間に費やした。


 麗奈さんのことや、森島さんのこと……。


 親父や母さんのこと……。


 これからの仕事のこと……。


 それらを一回忘れて、リフレッシュすることにした。


 でないと、俺がキャパオーバーがどうにかなってしまう……。




 そして、しっかりと英気を養い……。


 ゴールデンウィークが終わり、新しい生活が始まる。


「さて……今日からアドバイザーの仕事か……」


 朝食を終え、スーツに着替えながら、今日の予定をシミレーションする。


「午前中は、変わらずデスクワークで……そして、午後からアドバイザーの仕事か……」


 さて……あとは、しっかりと仕事をこなすことだ。


 それが——麗奈さんと釣り合う男になるための一歩となる。





 会社に着き、自分のデスクに座る。


 どうやら、今日は1番乗りのようだ。


 やる気を出して、早く来すぎてしまったか……。


「まあ、いいか。のんびりとコーヒーでも……」


「あら……水戸君?」


「松浦係長、おはようございます」


 麗奈さんは辺りを見回した後……。


「むぅ……やです」


 何故か口を尖らせている……。


「はい?」


「いやです……名前……」


「いや、でもですね……会社ですし……」


「誰もいません」


「はぁ……麗奈さん?」


「はいっ!」


 花が咲いたかのように笑う麗奈さんを見て……。

 俺の心臓がキュッとなる……。

 可愛い……いかんいかん、ここは会社……!


「いつもこんなに早いんですか?」


 まだ、就業開始の三十分以上前だ。


「一応ね、やることは沢山あるし……水戸君はどうしたの?いつも、決まった時間に来たのに……」


「いえ、少しやる気が空回りしたみたいで……今日からアドバイザーの仕事があるので、柄にもなくやる気になってますね」


「ふふ……良いことだわ」


 あっ——氷の女王の顔になった。

 仕事の話になると無意識に変わるのか?

 これはこれでアリ……何をいってんだか……。


「そういえば、この間はどうも」


「そ、そうねっ!お、お出掛けしたもんね!」


 あっ——麗奈さんの顔になった……。

 ヤバイ……少し楽しい。


「ええ、とっても楽しかったです。麗奈さんはどうでしたか?」


「た、楽しかったです……すっごく……」


 さて……勇気を出せ。

 まずは仲良くなり、お互いを知っていくことだ。


「よかったら——また行きましょうね」


「え……?」


「社交辞令ではないですからね?」


「…………」


 あれ?固まってしまったぞ……。

 まだ、早かっただろうか?


「れ、麗奈さん……?」


「はっ……いけない、私ったら……願望が……」


「あの……」


「ご、ごめんね!なんか誘われた気がして……」


「えっと……ええ、そのつもりです。よかったら——また行きましょうと」


「ふえっ?……は、はぃ……」


 ほっ……良かった。

 これで断られたら、色々とアウトになるところだった。


 すると、続々と社員達が入室してくる。


「では、今日もよろしくお願いします」


「え、ええ……よろしくね、水戸君」


 麗奈さんはそう言い、自分のデスクへ行った。

 ……プルプルしているように見えたのは気のせいか?


「……まあ、いい。こっからは切り替えろ」


 仕事モードに入り、ただひたすらにキーボードを打つだけのマシーンと化す。






「おい!」


「ん?昇か……どうした?」


「どうしたって……こっちのセリフだぞ?」


「ん?どういう……あれ?もうこんな時間……」


「すげー集中力だったぞ?一心不乱にキーボードを打って……」


「ハハ……午後から新しい仕事あるから、気合いが入ってるのかもな」


「まあ、無理はすんなよ。俺だって、少しは手伝うからよ」


「……熱でもあるのか?」


「おい?」


「冗談だよ……ありがとな、昇」


「まあ、気が向いたらだけどな?ほら、行こうぜ」




 昇に連れられ、食堂に向かう。


「さて、今日の気分は……生姜焼き定食にするか」


「お?……それもいいな。よし、同じにしよう」


「では、私もー」


「はい?」


「どーもです、先輩方」


「森島さんじゃん!なになに、また一緒に食べる?」


「ええ、良ければご一緒してもいいですかー?」


「もちろんだよ!」


「ああ、別にいいよ」


「助かりますー」


「でも、友達は?今日も休みかい?」


「いや……それが……アレです」


「あぁ……なるほど」


「ありゃー……」


 森島さんが指をさした先には、その友達と男性が親密そうに食事していた。


「狙いに行ったみたいなので……というわけで、邪魔者になった可哀想な私と食事してくださいね?」


「友達が少ないのか……?」


「それ——水戸先輩がいいます?」


「すまん……ブーメランだったな」


「おいおい……仲良いな?」


「普通ですよー。ただ、水戸先輩はナンパしてこないんで喋りやすいです」


「あぁーなるほどね。そりゃ確かに。そういうの見たことないもんな」


 すみません……今朝……上司を誘いました。




 その後注文を済ませて、食事をとる。


「午後から他の部署に行くんですよねー?」


「ああ、そうだよ」


「大変だよなー」


「あそこには……うん、敵はいなそう」


「なんの話だ?」


「いえいえー」


「森島さんは、意外とそういうのないよな?なんか、最近の様子見てると……」


「そうですねー……まあ、まだ見極めの時期かなぁと……これからは自分を出しつつも、そういうことを考えていこうかと……」


「ん?」


「まだ若いんで、色々な人を見て、自分の目を養っていきたいと思ってますねー」


「はぁー!しっかりしてんなー」


「ホントだよ……すごいと思うよ」


「ほ、褒めないでくださいよ……」


「良いお嫁さんになりそうだな」


「侑馬……お前……」


「あっ——セクハラになるのか?ご、ごめん」


「い、いえ……別に良いですけど……」


つい口から出てしまったが……。


 ホッ……森島さんが良い子で良かった。


 最近のご時世は色々と厳しいからなぁ……。


 麗奈さん含めて、発言には気をつけないといけないな。



 

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