第27話係長……いや、麗奈さんとの食事

 ……はて?


 一体全体、何がどうなっているんだろうか?


 昨日は森島さんで、今日は松浦係長に食事に誘われるとか……。


 全くもって……意味がわからん。


 いや——待てよ?

 今日は様子が変だったな……。

 なんか、睨んでもいたし……。

 お説教か?……有り得るな。

 会社に何しに来てるのってことかも……。

 よし……そうとなれば話は別だ。

 きっちりと誤解を解くとしよう。




「み、水戸君……?ダ、ダメかな……?」


「いえ、問題ありません。どんなお叱りだろうと、甘んじて受け入れましょう」


「え……?えぇ——!?……どういうことなの……?」


「とりあえず、場所を移しましょう。色々と面倒ですからね」


「むぅ……森島さんとは見られても、私と見られるのはイヤなんだ……」


「はい?」


「でも……確かに、面倒かも……よし!行くわよ!」


「ちょ——!?どこにですか——!?」


 俺は人目を気にしながら、急いで後を追うのだった……。


 ……こりゃ——今日も、原付置いて行かなきゃいけないなぁ……。




 その後、会社から離れた場所でタクシーを拾う。


「じゃあ、前と同じで良いかしら?」


「あの店ですね?でも……お金がないんじゃ?」


「そ、そうね………知られちゃってるのよね。でも、安心して。あの店はマスターのご意向で、リーズナブルな価格設定だから。それに、たまにはいいじゃない?……やっぱり、ダメかしら……?」


「いえ、そういうことなら。松浦係長は、日々頑張っていますからね」


「違います……」


「え?」


「今は、プライベートな時間です……さっきも言ったのに……」


 あれ?何か変だ……口をとがらせてるし……。

 拗ねているのか……?というか、お叱りを受ける感じではない?

 ということは……普通に誘われたってことか……?


「そ、そうなんですね。麗奈さんは、今日……どうして誘ったのですか?」


「え……?り、理由がなくちゃ……ダメ……?」


「い、いえ。そんなことはありませんよ」


 相変わらず——強烈な上目遣い……!

 もはや……凶器だ。


「ほっ……良かったぁ〜」


 相変わらず、モードの切り替える基準がわからない……。

 まあ、でも……課長にも言われたし……。

 付き合うことにしよう……うん、そうしよう。

 これは不可抗力なんだ……だから、誰に言い訳をしているんだ……俺は。




 店に到着し、入店する。


「おや?いらっしゃいませ。今日は、お2人できたのですね?」


「ええ、そうなの……まだ、平気かしら?」


「もちろんです。どうぞ、お掛けになってください」


 カウンターに2人で並んで座る。


「さっきのはどういう意味ですか?まだっていうのは……」


「ここはね、実は昼間がメインの喫茶店なのよ。住宅街でしょ?結構、繁盛してるのよ。その分、夜は人はこないけど……ごめんなさい、マスター」


「いえいえ、気にしませんよ。夜はですね、道楽でやっておりまして……気分によっては、早めに閉めてしまうのですよ」


「なるほど……だから、貸し切り状態なのですね」


 今日も貸し切り状態だから、変だと思ってた。

 たしかに……今は暗くしてるからアレだけど……。

 昼間明るい時間なら、お洒落な喫茶店になりそうだ。


「水戸君、お腹空いたかな?」


「え?まあ、それなりには……」


「マスター、アレあるかな?」


「ホホ……そろそろかと思って、取っておきましたよ」


「ありがとう!マスター!」


「えっと……?」


「ここの隠しメニューというか、マスターの気分次第で作るものがあるのよ」


「へぇ……素敵ですね」


 良いな、そういうの……。

 うちは自由度がなくて、親父が決めたものしか作っちゃいけなかったからな……。

 もっと、お客様に好みに合わせたり、その日の気分で変えてもいいのに……。


「では、お持ちしますので、少々お待ちください」


 綺麗に礼をして、キッチンへと入っていった……。

 落ち着いててカッコいいな……あんなだったら良かったのに……。


 そして、すぐに戻ってくる。


「では、どうぞ。準備はしてありましたから。今日辺りに麗奈さんがくると思い、味は調整してありますよ」


「うわぁ……!嬉しいです!」


 可愛いな、おい。


「それにしても……美味しそうだ」


「頂きます」


「頂きます」


「……ウマ……」


「う〜!美味しいっ!」


「ホホ、ありがとうございます」


 なんだ?この深い味わいは……?

 赤ワインベースなのは当然……デミグラスソース系。

 しかし……ほんのりと苦味を感じる……それが、絶妙なバランスを取っている。


「このビーフシチュー……コーヒーですか?」


「おや?……素晴らしい感覚ですな。初見で当てるとは……」


「いえ、ヒントがありましたからね。喫茶店だという」


「水戸君!凄いわ!やっぱり、アドバイザーも出来るわよ!マスター!あのね!あっ——な、なんでもないです……ごめんなさい」


「いえ、お気になさらないでください。マスター、俺は洋食をかじっているのです」


「なるほど、そういうことですか。如何でしたか?」


「とても美味しいです。フォンドボーの深い味わい……赤ワインベースのコク……スネ肉のホロホロに溶ける感じも……」


「ホホ、良い舌をお持ちのようですな」


 少々……複雑ではあるな。

 散々に食わされたり、作らされるたりしたからな……。

 それが……アドバイザーということに繋がるとはな。



 その後食べ終えて、雑談の時間となる。


「水戸君、仕事頑張ってるのね?」


「え?」


「午前中も気合入ってたし、午後の指導も良かったと思うわ」


「ありがとうございます。心境の変化があったので……」


「……も、森島さん……?」


「はい?」


「昨日、食事したって……そのせい?」


「いえ、違いますよ。麗奈さんが、励ましてくれたからですよ」


「え……?そ、そうなの……?」


「そうですよ。麗奈さんが言ってくれたじゃないてすか。貴方は仕事出来る人だって……自己肯定してあげなさいって……俺、嬉しかったですよ」


「……エヘヘ」


「麗奈さん?」


「そうなんだ……マスター!お酒ちょうだい!今日は気分が良いわ!飲むわよ〜!」


「えっ!?どういうことですか!?」


「ホホ……畏まりました。水戸さん、ナイスフォローですな?」


「え?何がですか?」


「……天然ですか……麗奈さんも苦労しそうですな……いや、ある意味お似合いですかな……」


「えっと……?」


「水戸君!私の奢りです!飲みましょう!」


 ……よくわからないが、ご機嫌になったなら良いか。


 笑顔の麗奈さんを見てると、どこか安心している自分がいるし……。


 何というか……ほっとけないんだよな……意外と。

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