第26話食堂と、課長との会話

 午前中仕事に専念した俺は、昼休みになり食堂に来ていた。


 弁当を二日に一度にしたのは、毎日作ると松浦係長が気を使うこと。


 俺も、食堂で好きなメニューを食べたいという理由からだった。


 二日に一度にすることで、より楽しめるというわけだ。


「何にするかね……」


「俺はカツカレーだな」


「お前は、いつもそれだな……」


「いいじゃんかよー。美味いんだから」


「もっと、身体に気を使えよ?俺たちだって、若いようで若くはないんだからな?」


「そうなんだよ……腹が出てきてさ……友達とかでも、早い奴はハゲたり……」


「油っぽいものばかりだと、そうなるらしいぞ?」


「うっ——!いや、いい!俺は食う!」


「そうかい……俺は生姜焼き定食かな」




 それぞれ注文を済ませて、対面で席に着く。


「よかったな?たまたまロスが出て、揚げ物の出来立てがあって」


 前の人の注文数を間違えて、揚げすぎたようだ。

 ……うちの店でも、たまにあったな……。

 その度に、親父の怒号が飛んでいたっけ……。

 そんなんだから、バイトを雇うのを辞めたんだよな……。

 というか、辞めていくというか……。


「ラッキーだったよなー。待ち時間がなかったし」


「ここ、良いですかー?」


「森島さんじゃん!いいよ!座んなよ!」


「ありがとうございまーす。失礼しますねー」


 俺の隣ではなく、昇の隣に座る。

 ほっ……良かった。

 俺から興味は薄れたようだな。


「ど、どうしたんだい?」


「いえ、今日は友達が休みだったのでー。横山さんと水戸さんなら、変なことを言いませんし、安心して食べれるかなーと」


「まあな!なっ、侑馬!」


「そうだな……あれ?」


 松浦係長が……物凄い形相で、こちらを睨んでいる……?

 怒っている?何故だ?何か、ミスをしただろうか?


「どうした?」


「い、いや……なんでもない」


「水戸さんって、不思議な人ですよねー?」


「そうか?俺は至って平凡な男だよ」


「お前なぁ……本当に平凡な男は、自分をそう言わないんだよ……」


「んなこと言われてもなぁ……」


「やっぱり、面白い人ですねー」


「わかるわー、それ。こいつ、面白いんだよ。いい奴だし……俺が新入社員の時にな、こいつ俺のミスなのに……一緒に謝ってくれたんだよ。そっから、仲良くなったんだっけ?」


「あれはお前だけのせいじゃない。皆がきちんと確認をしなかったからだ。つまり、連帯責任ということだ」


 会議の資料に使うデータ入力を、間違えて打ってしまったんだよな。

 それを提出する前に、皆で確認を怠ったのが原因だ。

 当時、責任者だった昇だけのせいではない。

 もちろん、新入社員用にお試しの意味もあったので、大したお叱りは受けたかったが。


「へぇ……男の友情って感じで良いですねー」


「まあ、プライベートで遊んだことはないけどな」


「別に、プライベートで遊ぶから仲が良いというわけでもないだろ……俺は、お前を友達だと思っているんだが?」


 俺とて、孤独でいたいわけではなかったし。

 ただ、人と関わるのがアレだったり……。

 俺なんかとつるんでも、つまらないだろうなって思っていたから……。

 だから……昇が話しかけてるのは、嬉しかったりしたし……。


「そ、そうか!そうだよなっ!」


「何気に深いセリフですね、今の……確かに、水戸さんのいう通りかも……」


「おいおい、そんな深い意味はないよ。ほら、食べないと時間なくなるぞ?」


「あっ——ヤベェ!」


「ついつい話してしまいましたねー」


 その後、急いで食事を済ませる。




 午後の指導をしていると、課長に声をかけられる。


「水戸君、ちょっと良いかな?」


「あっ、はい。小野君、あとはこのデータを元に入力すれば良いから。落ち着いて、ゆっくりで良いから確実に。ミスをしても、慌てないこと。間違いは誰にでもある。大事なのは隠したり、ごまかなさいこと……いいね?」


「はい!ありがとうございます!」




 その後、課長についていき、課長の部屋に通される。


「中々、良い指導をしているね?」


「そうですかね……きちんと出来ているか心配ですけど……」


「相手を萎縮させずに指導をすることは意外と難しいのですよ。人は、どうしても自分基準になりがちですからね。出来ないとイライラしたり、自分でやった方が早いと思ったりする方もいますからね。特に……私達の世代には多いですな」


 俺の親父だな……それ。

 まあ、反面教師としている部分はあるな……。


「何故、やたらに怒鳴ったり、威圧的になる人がいるんでしょう?」


「自分を誇示したり、自分ができる故かと思いますね」


「なるほど……」


「それで、本題ですが……例の件が、本決まりとなりましたよ」


「アドバイザーの件ですよね?……緊張してきた……」


「貴方が、さっき言っていたではありませんか。間違ってもいいと……きちんと、それを謝ったり、伝えたりすれば良いと思いますよ。今回は、お試しの部分もありますから、気楽に考えてみましょう」


「そう言って頂けると……少し楽になります」


「なら、良かったです。私には、これくらいのことしか出来ませんからね」


「いえ、課長のこと尊敬しております。むやみに怒鳴ったり、威圧的でない貴方を。私は——貴方のような大人になりたいです」


「……嬉しいことを言いますね。君を引き抜いた私の目に狂いはなかったようです」


「……何故、私を?」


「新入社員による、データ入力試験がありましたよね?私は監督もしてまして……地味な作業や時間に耐えられる稀有な能力を持っているのに、自信がない貴方が気になりましてね。きっと、他の部署では潰されてしまうかと……でも、きっと優秀な人材になってくれると思い、私が人事に掛け合いました」


「そうだったんですね……ありがとうとございます……!」


「いえいえ、上司として、先達として、当然のことをしたまで。それに、お礼を言うのはこちらの方ですよ」


「え?……何かしたでしょうか?」


「麗奈ちゃんと仲良くしてくれてることですよ。あの子は、新入社員の頃から知ってますが……普段の顔と、違う顔があることは知ってますね?」


「え、ええ……機会があったもので……」


「最初は苦労してましてね……あの美貌ですから、セクハラや口説かれるのは日常茶飯事……ましてや新入社員では、断るのも一苦労。精神をすり減らしていたでしょうね……それでも理由があり、辞めずに頑張っていましたが……次第に、冷たく氷のようになっていきましたね」


「想像がつきますね……美人というのも、楽ではないのですね……それを課長が救ったのですか?」


 この2人は、噂が出るくらい親密な感じだし……。


「いえいえ、そんなカッコいいことはしてませんよ。私は仕事が出来て、きちんと叱れる部下が欲しかったのです。怒るではなく叱ることのできる人材を……自分は調整役には向いてますが、指導や叱ることには向いていませんからね」


 そうだ……俺が常に思っていたことがある。

 皆、係長を怖いとか言うけど……。

 叱ることはあっても、理不尽に怒ることはない。

 俺は、それがとても素敵だなと思ったんだ……。


「それで……引き抜いたということですか」


「そういうことです……おや、少し話し過ぎましたね。時間を奪って申し訳ない」


「いえ、貴重なお話を聞かせて頂き嬉しかったです」


「麗奈ちゃんと、仲良くしてあげてくださいね」


「え?」


「あの子は、貴方のことを気に入ってますからね。では、戻りましょうか」


 課長の後をついて、部署に戻る途中……。


 松浦係長が、俺を気に入ってる……か。


 そうだとしたら嬉しい自分と……。


 あくまでも、仕事は別という自分がいる……。




 そんなことを頭の隅に追いやりつつ、今日の仕事を終えた。


 その帰り道の途中……。


「み、水戸君!」


「あれ?松浦係長?」


「今はプライベートです!あ、あのね……こ、この後……時間ある……?」


「え、ええ……」


「……わ、私と……飲みにいきませんか……?」


 ……どうやら、悩む時間もないようだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る