第25話昔の夢と、会社でのこと

 ……これは……夢だな。


 だって……何年も帰ってない実家の中の景色が見える……。


 いつだ……?


 ……あの時のことか……。


 料理人になることが嫌になり、親父と喧嘩になり……。


 その後、隠れて勉強を続け……。


 大学受験に受かり……高校を卒業した日……もう一度、伝えたんだ。


 親父に料理人にはならないし、家を継ぐ気はないことを……。


 そして……別れの時でもある……。


「ふざけるなっ!」


「いてえな!すぐに殴るの——どうにかしろよ!」


「貴様っ!親に向かって何て口を!」


「親らしいことをアンタがしたか!?運動会も来ない!授業参観にも来ない!進路相談にも来ない!家庭訪問にも参加しない!どっかに遊びにも連れて行かない!アンタが——俺に何をしてくれたっ!?」


「誰のおかげで生活が出来てると思ってる!この恩知らずがっ!」


「誰が育ててくれって頼んだよ!?しかも——親子でそれを言ったらお終いだろ……!」


「やめてっ!二人共!」


「お前は黙ってろ!」


「母さんに当たるな!もう散々だ!土日は友達と遊べず、無給で店を手伝わされるし……こっちが一生懸命やってるのに、ちっとも褒めないし……なのに……ちょっとミスしたら怒鳴るし殴るし……」


「侑馬……」


「そんなことは当たり前だっ!俺はそう育ってきた!料理の世界は——そういうところだ!俺だって——そうされて成長してきた!」


「なら——俺は、もういい。そんな世界なら、こっちから願い下げだ……!」


「っ——!ならば……出て行けっ!この根性なしがっ!そして——世の中がそんなに甘くないことを知るといい!」


「ああ、わかったよ。出て行ってやるよ、こんな家。母さん、ごめんな」


「侑馬……考え直しておくれ。お父さんも、そんな言い方しないで……」


「俺は正しいことを言った!間違ってない!」


「出たよ……自分が絶対的に正しいと思い込んでる……俺の大嫌いな人間だ。俺は、アンタのようにはならない……」







「……嫌な夢だ……」


 そうだ……この日を境に、家を出たんだ……。


 そして……悔しいことに、親父の言うことは……少し当たっていた。


 高校卒業したばかりの俺に、住むところなどなく……。


 金もなく、途方に暮れていた時……姉貴が助けてくれた。


 当時、姉貴は短大を卒業して、既に働いていた……。


 心の何処かで、それをアテにしていた自分もいた……情けないことに。


 そんな俺を姉貴が、落ち着くまでうちにいなさいと言ってくれた……。


 お父さんが、そのうち頭が冷えるまで……と。


「……そんな日は来なかったけどな……」


 結局、そのまま姉貴の家にお世話なった。

 大学に行きつつ、寝る時間を割いてバイトをして……。

 親父の言っていたことが、少しはわかったが……。


「それでも……あんな言い方することはない……と思う」


 もちろん、俺も悪いところはあったが……。

 あんな風に、頭ごなしに言うことはないだろうに……。


「……ハァ……やめよ。折角、会社でも良い感じになってきたんだ」


 そうだ……。

 今の俺には、認めてくれる人がいる。

 昨日——ウジウジしないと決めたばかりじゃないか……!


「よし!準備をして、会社に行くとしますか!」


 俺は気持ちを切り替え、朝の支度をするのだった……。




 会社に着くと……今日も——ピリッとした格好の松浦係長がいた。


 何回見ても綺麗な方だ……。


「おはようございます、れ……松浦係長」


 危なかった……思わず言ってしまいそうだった……。


「お、おはようございます、水戸君……」


 松浦係長も、戸惑っているじゃないか……!

 仕事中にプライベートを出すとは……しっかりしろ、俺。


「今日の午前中はどうしましょうか?指導を優先しますか?それとも、自分の仕事に専念して、午後から指導という形にしますか?」


「そうね……」


 すると、後ろから声をかけられる。

 この声は……。


「水戸セーンパイ!」


「うおっ!?何故、腕を組むんだ……?」


「も、森島さん……?」


「おや?動じませんねー。おはよーございます。昨日は、ご馳走さまでしたー」


「いや、ご馳走様って……ジュース奢っただけなんだが……」


「それでもご馳走様ですよー。食事にも付き合ってくれましたし」


「え……?」


「あっ——係長、おはようございます。水戸先輩、また付き合ってくださいねー?」


「おいおい、勘弁してくれ……」


 おかしいな……昨日のアレで飽きたと思ったんだが……。

 特に、好感度が上がることもしていないし……。


「ふふ〜ん、仕方ありませんね。では、失礼しまーす」


 そう言い、軽快な足取りで去っていく……。


「み、水戸君……?」


 振り向くと……顔を膠着させたまま、固まっている松浦係長がいた。


「はい?」


「森島さんと——食事に行ったの……?」


「え、ええ……まあ、ファミレスですけどね」


「ど、どうして?」


 あれ?何か様子が変だ?

 いつもの松浦係長ではなく——麗奈さんになってきてる……?


「待ち伏せされたみたいで……これから会社の人とも関わっていこうと思っていたので、一度くらいは良いかなと思いまして……もちろん、仕事には支障出ないようにいたします」


「そ、そう……そうね、仕事をキッチリしてくれるなら文句はないわ」


 やっぱりか……プライベートにかまけて、仕事が疎かになることを心配してたか。

 いかんな……松浦係長の信頼を失うのは、色々な意味でよろしくない。


「ええ、もちろんです。公私混同せずに、仕事に取り組んでまいります」


「それはそれで私が……」


「え?」


「いえ、なんでもありません。では、昨日と同じようにしてください」


「午後から指導ということですね。わかりました、では失礼します」


 俺が席に戻ろうすると……。


「み、水戸君」


「はい?」


「別に会社の人と仲良くしても良いのよ……私とか……」


「え……?」


 どういう意味だ?

 振り向くと、松浦係長は足早に去っていた。

 はて……朝から何が何だか……。



 デスクに着くと……。


「よう、聞いたぜ」


「昇か……森島さんとは、なんでもないぞ?」


「でも、食事は行ったんだろ?」


「まあな……だが、それだけだ。俺の人となりを知らないから、気になったんだろう。もう、関わることもないだろうよ」


「……お前って……やっぱり、そういうとこあるよな」


「何がだ?」


「いや……うん、良いや。何か困ったら言えよ?」


「よくわからないが……そうさせてもらうよ」


 ……なんだ?みんなして……。


 俺が、何か変なことをしたのか?


 ……ダメだ、今は意識を切り替えろ。


 今朝、仕事を頑張ると決めたばかりだろ。


 俺は雑念を振り払い、仕事に専念するのだった……。

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