第28話麗奈さんとの飲み会

 ……はて……どうしよう?


 飲み始めたのは良いけど……。


 あれ?酒に強くて、滅多に酔わないんじゃなかったのか?


 開始早々から……どう見ても、酔っ払っていますよね?




「水戸君は〜ずるいです!」


「はぁ……そうですか。マスター……これって、そんなに強いお酒ですか?」


 アルコールの低い、普通のカクテルだと思うのだが……。


「いえ……そんなことは。ふむ……緊張していると酔いが早いと言いますからね……」


「え?緊張?何故ですか?」


 俺と飲んで緊張する理由なんてないだろうに……。


「水戸君!聞いてますか!?今は、私だけをみてください!」


「は、はい!」


 言われた通り、麗奈さんを見つめると……。


「ダ、ダメ……そんなに見つめないでくださぃ……あぅぅ……」


 ……エェェ——!?

 どゆこと——!?

 アンタが言ったんでしょうが!?


「ど、どうしろと……?」


「ほらっ!ずるいです!私を弄んで……いつもそうですっ!」


「はい?」


 俺が、いつ弄んだというのだろうか……?

 まるで心当たりがないのだが……?


「私は〜翻弄されっぱなしですよ!」


「いや……それは……」


 どちらかというと、俺が翻弄されているのですが……。


「会社でもなんですか!森島さんとお昼ご飯まで食べて……」


「あれは、俺ではなく、のぼ……横山に用があったんですよ」


「違います〜絶対違うもん……もんっ!」


 もんって……可愛すぎだろ……。


「いえ……ですが……」


「むぅ……」


口を尖らせる様は、まるで子供のようだ。

色気と可愛さが同居して、どえらいことになっている……。


「……わかりましたよ、俺が悪かったです」


「はい!やっぱり水戸君は良い子です!」


「うおっ!?ちょっ——撫でないでください!」


「えへへー、可愛い」


 可愛いのは——アンタだよっ!


「……それはどうも……」


「よし!謝れた水戸君には……ご褒美に、お姉さんが奢ってあげるのだ〜!マスター!おかわりくださいっ!」


「はいはい、畏まりましたよ」


「マスター!?もう飲ませないでください!明日も会社なんですよ!?」


 麗奈さんは、受け取るとグビグビと飲み出す。


「美味しい……うぅー……私だって……飲みたい時くらいあるもん……他の部署には色々言われるし……セクハラは相変わらずだし……何がその身体で何人の男を落としてきたよ……したことないもん……なのに、同じ部署の部下にまで怖がられて……うぅー……」


 ……そうだったのか。

 俺らには言わないけど、色々言われているのか。

 たしかに、うちの部署は……評判が良くないというか……。

 誰でも出来る仕事の部署とか、陰口は言われているのは知ってるけど……

 外れの部署とも……出世できない……。


「ご苦労様です。そうですよね、大変な役職ですよね。少なくとも、俺は怖がっていませんから。麗奈さんのこと、好きですから。皆も、そのうちわかってくれますよ。俺も協力しますから」


「……ふぇ?」


 なんか……可愛い声出てきたぞ……?


「どうかしましたか?」


「……な、なんでもありません!の、飲みますっ!」


「ええ、わかりました。俺も、付き合いましょう」


「つ、付き合う!?は、はぅ……ダメ……」


 俺は証明するように、グイッと一気に飲むが……アレ?


「……水?」


「ええ、それは唯の水ですよ。流石に、明日会社なのに呑み潰れるのは困るでしょうから」


「なるほど……って、麗奈さん?」


「やっぱり……ずるい……ムニャムニャ……」


「おやおや、でも顔色は良いですから。少し、様子を見ましょう」


「……ええ、そうします」


 俺は麗奈さんの幼く見える顔を見て、心が動かされるのを自覚する。

 ……困ったなぁ……もはや、言い訳はできないぞ……。

 いや、だとしても……どうこうする必要はないか……。


「随分と信頼されてますな?きっと、貴方には心を許しているのでしょう」


「そうだと嬉しいですね。俺も、良き上司だと思っています」


 そう、その関係で良いはずだ……。

 こんな美人と俺が付き合えるわけがないし。

 麗奈さんはだって、セクハラや口説かれて困ってるって言ってたし。

 ここで俺が変な勘違いをして、麗奈さんの信頼を失うわけにはいかない。

 せつかく、俺を信頼して愚痴をこぼしてくれるのだから……。

 俺は、このまま麗奈さんの話を聞くことだけに専念しよう。




 マスターと、世間話や料理の話をしていると……。


 ほんの二十分くらいだろうか?


 麗奈さんが眼を覚ますようだ……。


「うぅ〜ん……あれ?ここは……?」


「おはようございます、麗奈さん。ここは、マスターの店ですよ。麗奈さんは、少し寝てしまったようですね」


「……み、水戸君!?え、えっと……あれ?飲み始めたら……すぐに記憶が……でも、なんとなく……っ——!!」


 何やら、麗奈さんはテーブルに突っ伏してしまった……何故?


「はぅ〜!!上司として、年上としてあるまじき失態だわっ!」


 なるほど……そういうことか。

 ならば、俺に出来るのは……。


「気にしなくて良いですよ。俺の前では無理しないでください。いつでも、お話を聞きますから……ねっ?」


「み、水戸君……!」


「……これは……恐ろしい……私は、このまま放っておいて良いのだろうか……?」


「マスター?」


「いえ……そう、私はマスター。ただの傍観者ですな……」


「えへへ〜、嬉しいっ!マスター!お会計お願いします!」


「あっ——俺も払いますよ」


「ダメです!私が誘ったんですから!」


「いや、でも……」


 お金がないって言ってたし……。

 正直言って、俺だって楽しんでるし……。

 しかも、ビーフシチュー美味しかったし……。

 美味しいご飯に、美人とお酒飲んで……奢りとかあり得ない。


「ここは譲れませんっ!絶対にっ!」


「わ、わかりましたから……」


 無意識なのか知らないが……顔を近づけないでくれ……!

 心臓っ!高まるなっ!黙ってろっ!


「うむ!素直でよろしい!」




 その後会計を済ませ、タクシーに乗り込む。


 その車中にて……麗奈さんが気づいてしまったようだ。


「あっ——原付だよね……?」


「ええ、そうですね」


「明日の会社は……?」


「タクシーで行きますよ」


「お、お金っ!私が払うね!?」


「いえ、そこまでして頂くわけにはいきません」


「で、でも……」


「ここは譲れませんね。今日のタクシー代も払いますから」


「ダメよ!悪いもの……」


「いえ、出させてください。日頃からお世話になっていますから」


「水戸君……ありがとうございます……」




 そして、麗奈さんのアパートの前に着く。


「水戸君、今日はありがとね。ごめんね、迷惑だったよね……?」


「いえ、そんなことはありませんよ。それに……礼を言うのは俺の方かと……」


「え……?」


「とても楽しかったです。また、愚痴が言いたくなったら誘ってください」


「……良いの?」


「ええ、もちろん毎日は困りますが……」


「ふふ……そんなことしないわよ」


「ならば、問題ありません。では、おやすみなさい」


「ええ、おやすみなさい」


 その言葉を待って、タクシーは走り出す。



 ……さて、麗奈さんの信頼を失うわけにはいかない。

 課長の信頼も……きっと、こういう意味だったんだろう。

 しっかり自制心をもって、適切な距離感で付き合っていこう。


「……でないと……俺の方がやられてしまう……」


……なんか、前にもこんなこと思ったな……。


堂々巡りしてる気分だ……。


会社とプライベートの境……。


どこからがあれで、どこからが違うんだろうか……?


そもそも、会社の上司にこんな気持ちを抱いて良いのか……?


俺の頭は、出口のない迷路に迷い込んだように迷走するのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る