第3話氷の女王の心が溶けた瞬間~松浦麗奈視点~

 私の名前は松浦麗奈。


 このHWAコーポレーション(通称ハワ)という会社で係長をしているわ。


 皆には、そこそこの出世頭と呼ばれたりもする。


 あと……不名誉なことに、氷の女王とも……。


 べ、別に、私は普通のことしか言っていないのだけれど……。


 みんな怖がって近づかないから、社内でも孤立しているし……。


 私だって、お昼休みくらいは誰かと話したりしたいのに……。


 寄ってくるのはセクハラ上司と、自分なら落とせると思ってる勘違い男だけ……。


 正直言って、もう転職を考えるレベルなのだけど……。


 このご時世にこれだけお給料貰えて、やりがいのある仕事もないと思うし……。


 何より……最近、気になる男性もいるし……。


 そんな彼の名前は、水戸侑馬君。

 二つ下の男性の方で、地味な感じだけどそんなに容姿も悪くないと思う。

 何より、彼は仕事をきちんとこなす。

 地味な作業や人が嫌がる仕事も、文句ひとつ言わずにこなしている。

 ミスも少ないし、私も上司として助かってるわ。


 さらには、女性社員を見下さない。

 お茶汲みだろうが、係長だろうが同じように接してくれる。

 みんなが怖がる私にも、怖がらずに接してくれる。

 実は人気があるんだけど……彼は気づいているのかしら?

 いつも定時で帰るし、飲み会にも参加しないから知らないかもね。

 ……そういう私も、飲み会とかに参加しないというか……呼ばれないけど。


 ……まあ、私だってそれくらいで気になるようなちょろい女ではないのよ。

 あくまでも人柄が良くて、頼りになる部下くらいだったのだけど……。


 あれは二ヶ月くらい前かしらね……とある日の休憩室前の出来事だったわ。




 ……もう!なによ!みんなして私の悪口言って……!聞こえてるのよ!


 私は、その日も荒ぶっていた。

 聞こえてないと思って、皆が私の悪口を言っていたからだ。

 私は生まれつき耳がよいし、昔からそういう声には敏感だった。

 やれ色気で上司に迫って昇進したとか、同期を陰険な手段で蹴落としたとか……。

 そんな暇があったら自分を磨くわよ!全く……。


 そして休憩室前で、再びそのような声が聞こえてきた。


「なあ、松浦係長ってさー。ウザいよなー、偉そうでさー」


「あぁーわかるわー。自分の力じゃなくて色仕掛けで昇進したクセにな」


「わかる〜!私もさ〜少しスマホいじってただけなのに、すんごい怒られた。そんな暇あるなら仕事しなさいって!」


「うわー、言いそうだわー」


「多分友達いないんだろ?だから連絡取る相手がいて羨ましいんだよ」


「アハハ!ウケる〜!それっぽい!」


 ……ムカつくわね。

 貴方達がきちんと仕事をするなら……。

 私はスマホをいじろうがなにしようが文句は言わないわよ!

 でも、貴方達は定時で終わらせられないし、それでいて残業が〜とか言うくせに……!

 しかも、そのしわ寄せは真面目に仕事をしている人に行くのよ!


 ……これは、一度しめる必要があるわね。

 ほんとはこんなことしたくないんだけど……私だって……。

 私が覚悟を決めて、部屋の扉に手をかけた時……ある単語が耳に入ってきた。


「なあ、水戸。お前もそう思うよな?」


 ……み、水戸君?彼もいるのね……。

 私は彼のことを気に入っている……。

 もしも、彼にもそんなこと言われたら……うぅー……立ち直れるかしら?


「なにが?」


「なにがって……松浦係長がムカつくって話」


「ね〜!水戸さんもそう思うよね!」


 あの声は……社内でアイドルと呼ばれてる森島恵さんね……。

 背が小さくて可愛いらしいタイプで、みんなに人気の……。

 水戸君も、ああいう子が好きなのかしら……?

 な、なんて答えるのかしら……?


「いや、全然。俺は好きだけど?」


 ……ふえっ?す、好き——!?わ、私を……?


「はあ!?どこが!?」


「きちんと仕事をしてくれるし、無茶な要求もしない。部下の仕事は評価してくれるし、理不尽なことはしない。なあ?知ってるか?」


 な、なんだ、そういうことね……何を残念に思ってるのよ!私!


「な、なにをだ?」


「あの人、誰よりも早く来て仕事してるんだぜ?」


「そ、そんなの私達に関係なくない?」


「いや、あるよ。その日の部下に振り分ける仕事内容や、こうした方がいいってアドバイスみたいのを考えてるんだよ」


「そ、そういえば……俺、言われたことあるな」


「わ、私も……」


「俺もだ……でも、なんで知ってるんだ?」


「メモが落ちてるのを拾ったことがあってね……まあ、返せなかったけど」


 あっ——!あ、アレを見られたの!?は、恥ずかしぃ……。


「俺は、あんなに良い上司そうはいないと思うけどね。俺みたいな地味な仕事しかできない社員にも、きちんと評価しくれるし」


「いや、お前が地味とか……」


「俺らとかどうなる?」


「ふ、ふ〜ん、水戸さんはあの女の方がいいんだー」


「ハァ……そういうのじゃない。まあ、綺麗で魅力的だとは思うけどね。ただ、俺は職場にそういう気分で来てないから。おっ……しまった、俺としたことが。仕事しないと定時に帰れない……別に悪口言うなとは言わないけどさ、係長の言い方がきついところもあるだろうし。でも、あの人も何も好きで言ってるわけじゃないと思うんだ。自分の仕事さえすれば文句は言われないはずだし。というわけで、休憩もほどほどにした方が良いと思いますよ」


 そう言った後、足音が……く、くる!?

 私は、急いでその場を離れました。



 ……でも、そっかぁ。

 水戸君は、そんな風に思ってくれてたんだ……。


 私からトゲトゲしたものが抜かれていく……。

 私は、元々きつい言い方だったわけじゃない。

 仕事しているうちに、こうなってしまっただけ……。


 嬉しいなぁ……ああいう時、流されずに言ってくれて……。

 きっと勇気がいることだと思う……。

 そ、それに……綺麗で魅力的って……。

 で、でも、職場恋愛は……わ、私ったら……何言ってるの〜!?





「そうなのよね……あの日から気になっちゃたのよね……で、でもどうしたらいいかわからないし……」


 女子校育ちで、仕事人間の私は……だ、男性とお付き合いしたことがないのです……。


「ご、ご飯とか誘っても良いのかな?パ、パワハラとか思われちゃうかしら……?」


 よ、よーし!勇気を出して誘ってみるわ!


 わ、私だって……れ、恋愛とかしてみたいもの……。

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