第2話氷の女王とお昼ご飯
午前中は、黙々と仕事をこなしていく。
皆は途中で喋ったり休憩したりしているが、俺はそんなことはしない。
別にハブられてるわけでも、嫌われてるわけでもない……多分。
ただ、俺はそんなに器用な方でもなければ仕事ができるわけでもない。
なので、きちんと効率よく仕事をしていかないと、定時に帰れないからだ。
……だというのに、邪魔者が現れた。
「なあ、そんな露骨に嫌な顔するなよー。なっ、
「昇、まだ昼休みには少々早いのだが?」
「硬いこと言うなよー。俺とお前の仲じゃんよー。もう昼飯にしようぜー」
コイツの名前は
会社の同期で、同じく平社員をしている。
お調子者の性格で、会社の集まりや雑談を盛り上げるやつだ。
同期ということで、俺によく絡んでくる。
もちろん、俺が孤独にならないようにとの配慮もあるとは思うが……。
俺は社内の集まりや飲み会なんかには、基本的には参加しないからな。
その気持ち自体は嬉しいので、邪険にできないのが困りどころだ。
「はぁ……仕方ない、わかったよ」
「そうそう!あんまり根を詰めても良くないぜ?」
「ほう?では、そういうお前は定時で帰れるんだな?」
「え?あー、いやー、どうかなー、あのー、侑馬さんや?」
「俺は手伝わないぞ?今日は好きなゲームの発売日だからな」
「まじかー、そりゃダメだわー。お前のソレは筋金入りだからなー」
「ったく、早く昼飯行くぞ。時間は有限だ」
「出た!もっと緩く行こうぜー?」
「やだよ、俺は定時で帰りたいんだ」
「まあなー、今はあんまり残業もしちゃいけないしな」
「俺にとってはなにも変わらないけど」
「ほんとだ……たしかにそうだ」
そんな会話をしつつ、食堂にて列に並ぶ。
「侑馬、お前はなにする?」
「そうだな……唐揚げ定食かな」
「俺はカツカレーだな!」
そして、俺が先に注文をすませる。
「じゃあ、端の席を取っておくな」
「おう、任せたぜ」
ここのカツは出来立てが売りだ。
だから揚げるのに少々時間がかかる。
もちろん出来立てじゃないやつもあるが、昇はそれが嫌なようだ。
なので、俺が先に席をとっておくということだ。
「えっーと……おっ、まだ時間が早いから端の席空いてるな」
そのまま端の席に座って昇を待っていると……。
何やら、食堂の入り口が騒がしくなった。
「なるほど、係長がきたのか」
コツコツとヒールの靴の音を立てて、優雅に歩いている。
そしてモーゼの十戒のように、人が割れていく。
その光景に、俺の周りから声が漏れていく……。
「わぁ〜、相変わらず綺麗……」
「で、でもね〜……」
「良い女だよな〜付き合いてぇ〜」
「ふ、踏まれたい……」
女性から羨望の目で見られたり、僻まれたり。
男性からはいやらしい視線を向けられたり。
……最後のはおかしいと思うが。
だが、そういう人も多いようだ。
「まあ、俺には関係ないな」
視線を外し、自分の食事に集中する。
昇のやつを待つ義理もないしな。
すると、目の前に誰かが来たようだ。
「おっ、きたか……あれ!? 松浦係長!?」
「 こ、ここ、良いかしら?」
「え?いや、そこは……」
すると、後ろの方で昇が手を振っている。
バイバイって感じで……おのれ、見捨てやがったな。
「せ、先約があったかしら?」
なんか様子が変だな……言葉が詰まっているし、視線も合わない。
それに、心なしか緊張しているようにも見える。
うーん……これは、俺が何かをしでかしたかな?
俺は松浦係長には嫌われてはないと思う。
だから、言い辛いのかもしれないな……うん、それっぽいな。
「いえ、大丈夫です。ここでよかったらお使いください」
「そ、そう……失礼するわ」
周りから人が消えていく……。
「やばいぜ、アイツ……」
「とばっちり食らう前に行こうぜ」
「うわぁ〜、可哀想……」
などというセリフを残して……。
おい?怖いのだが?ここだけ異質なんですが?
端の席にて、俺と松浦係長の2人きりの空間となる。
「全く……でも、都合が良いわ」
「はい?」
「な、なんでもないわ!ゴホン!水戸君……」
「はい、なんでしょうか?」
「まずは、貴方の貴重な時間を奪って申し訳ないわね。貴方は休憩も短いし、仕事の邪魔しちゃ悪いからこのタイミングしかなかったのよ」
「あっ、なるほど。お気遣いありがとうございます。正直に言うと助かります。私はそこまで器用な人間ではないので」
ホッ……どうやらお説教のようではないようだ。
あれ? だとすると、何の用があるんだろう?
「フフ、そんなことは知ってるわよ」
「え?」
「あっ——えっと、あれよ!仕事ぶりをいつも見てるのよ!貴方は人が面倒だと思う仕事もきっちりやるし、定時前には終わらせてくれるから……」
「そういうことですか。重ね重ねありがとうございます。松浦さんみたいな上司の方がいて、私は幸せ者ですね」
これは本音だ。
俺みたいな地味な仕事しか出来ないやつを評価してくれるのだから。
「ひゃい!?わ、私がいて幸せ……?」
なんか可愛い声出てきたな……なんだ?
「あの〜、何か変なこと言いましたかね?」
「そ、そんなことないわ。あ、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。あれ?」
今更だが、サラダと素うどんしかないことに気づいた。
お金がないってことはないだろうし……。
「どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません」
きっと、このスタイルを維持するためにやってるんだろうな。
ただ、激務だから体力が心配だなぁ。
俺、この人が上司で良かったと思ってるし。
その後時間も限られているので、食事を済ませることにする。
すると食べ終わった後、松浦さんが何か言いたそうにしていた。
「どうかしましたか?」
「頑張るのよ……私……」
「はい?」
「こ、これ……あとで見てちょうだい!そ、それじゃ!」
俺にメモを手渡して、足早に去っていってしまった……。
「一体、なんだったんだ?」
メモを開くと……。
……まいったな、断るにしてもその場に行かないとか。
いや、断るのはよろしくないか……でも、ゲームが……ハァ、諦めるしかないな。
そこには『19時にこの住所の店に来なさい。ただし、誰にもいわないこと』と書いてある。
も、もしや……クビを言い渡されるのか?
または昇進?いや、ないな。
どっちとも社内では言い辛いから、別の場所でみたいな。
……ハァ、どちらにしろ面倒なことだ……。
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