第4話氷の女王は何処へ?
混乱する頭を抑えつつ、俺は仕事に励む。
すると、昇が声をかけてくる。
「なあ、一体なんだったんだ?」
とりあえず、誘われたことは言わない方が良さそうだ。
まだ、俺自身もよくわかってないし。
「よくわからん。なんか、褒められはしたけど」
「ああ、なるほど。お前は気に入られてるもんな」
「そうなのか?」
「だって、お前には全然怒んねえじゃん」
「……多分だが、俺は言われたことをきちんとやるからだと思うが?」
「まあ、それだわな。おっと、いけねぇ。睨まれてるから仕事しよっと」
視線の先を確認すると、松浦係長と目線が合う。
たが、すぐに逸らされてしまう。
……うーん、一体どうしたんだろうか?
ここ二ヶ月くらいかな?
なんか、俺に対して柔らかくなったなぁとかは思っていたけど……。
「おっといけない。俺も急がないと……」
何を言われるのかわからないが、遅刻だけはまずいということは確かだ。
そして……予定より少し遅くなったが、なんとか6時半に上がることができた。
ちなみに、松浦係長は俺より少し早く退社している。
つまり……急がないと!
「おっ、今日は定時で上がれなかったか?やっぱり、係長が原因だな」
……まあ、合ってなくもない。
「いや、たまたまだろう。少し褒められて舞い上がったのかもな。じゃあ、お疲れさん」
「おう、お疲れさん」
カードを通し、階段にてビルから出る。
「えーっと……歩いてたら間に合わないな」
運良くタクシーを掴まえたので、店まで連れてってもらう。
なんとか、6時50分に到着した。
目の前には、レトロな雰囲気の店があった。
「へぇ……こんな住宅街のはずれに、こんな店が。とりあえず入ってみよう」
扉を開けて中に入ると、そこはレトロな空気漂うバーだった。
狭い空間だが席もあり、凝ったインテリアなどが配置されている。
そして、カウンターにはマスターらしき人と……。
その場の雰囲気に合った松浦係長がいた。
長い脚を優雅に組み、背筋はピンと伸び、少し物憂げな表情でグラスを持っている……。
……いかん、不覚にも見惚れてしまったな。
部下としてあるまじき行為だ……よし、意識するな。
「おや?」
「あっ——水戸君、来てくれたのね」
「松浦係長、お待たせして申し訳ありません」
どうやら貸し切りの状態のようだ。
「ここではやめてちょうだい。今はプライベートなのよ?」
「え?そ、そうなんですか?では、なんとお呼びすれば……?」
「れ、麗奈って呼んで良いわよ……」
「はい?いや、呼び捨ては……ていうか、既に顔赤いですね。どうやら、お待たせしまったようですね……で、では麗奈さんでいいですか?」
「むぅ……まあ、許してあげる」
なんだ?膨れているのか?
え?こんな人だったっけ?
いや可愛いけど……って相手は上司だ!
会社の上司になんて考えを……フゥ、冷静に冷静に。
「まあまあ、とりあえずは席についてくださいませ」
「あっ、はい。えっと……」
「申し遅れました。当店のマスターである倉敷と申します。気軽にマスターとお呼びくださいませ」
ダンディな人だな……白髪をオールバックにしてて。
歳は60超えてそうだけど、姿勢も良いし所作も綺麗だ。
うん……雰囲気といい、良い店だな。
「ご丁寧にありがとうございます。私の名前は、水戸侑馬と申します」
「ええ、よく知っております。麗奈さんから伺っておりますから」
「ちょっ!?ま、マスター!」
「ハハ……何を言われてるやら……」
「べ、別に大したことは……」
「貴方の仕事ぶりを褒められてましたね。堅実で自分の出来ることをきちんとやる方だと……」
「そうなんですね……まあ、つまらない人間ですよ。型にはまったことしか出来ませんから。でも、そう言って頂けると嬉しいです。れ、麗奈さん、ありがとうございます」
「水戸君!」
な、なんだ?めちゃくちゃ怒ってるぞ!?
「は、はい!」
「貴方はつまらない人間なんかじゃありません!皆が嫌がる面倒な仕事も率先してやってくれます!私はいつも助かってます!」
……嬉しいこと言ってくれる。
ただ、口調が変わってキャラが崩壊している気が……。
「ありがとうございます、とても嬉しいですね。こちらこそ、そういうところを評価してくれる麗奈さんに感謝しております」
「むぅ……口調が硬い……もっとフランクにして!」
「はい?いや、ですが………」
「上司命令よ〜!」
「いや、プライベートなのでは……?」
「……ダ、ダメ……?」
えぇ——!?上目遣い……!
こ、こんなに可愛らしい人だったのか!?
誰だ!?氷の女王とか言ってたのは!?
こんなの、ただの可愛らしい女性じゃんか……。
「わ、わかりました!なるべくそうしますね!」
「むぅ〜、まだ硬いけど……許します!」
「ホホ、では水戸さんもどうぞ」
「あっ——ですが……」
こういうところの値段がわからないぞ?
「ここはお姉さんの奢りです!」
「いや、でもですね……」
「水戸君はいつも頑張ってくれてるから、私はお礼がしたいのです!」
「麗奈さん……では、お言葉に甘えてもいいですか?」
「もちろんです!ふふふ、楽しいなぁ〜。いつも仕事で疲れちゃうから……」
「ハハ……俺なんかが言うのもあれですが、いつもお仕事頑張ってますもんね」
「水戸君も頑張ってます!で、でも……嬉しいです……」
「ところで……今日は、何故呼ばれたのでしょうか?」
「そ、それは……用がなきゃ呼んじゃダメ……?」
「い、いや……そんなことは……」
「やっぱり……こんなおばさんじゃイヤだよね……アラサーの……」
……いや、それ自体は全然ストライクゾーンど真ん中なのですが?
……ただ、仕事とプライベートは別だからなぁ。
あんまりそういう目で見ないようにしているんだよな……。
だって社内でそういうのとか……どう考えても面倒事になるじゃんか。
かといって……これはプライベートなのか?と言われると……。
「いえ、そこは問題ないかと。ただ、あまり職場の人とはプライベートで会わないようにしているので……」
「それはわかるかな……で、でも……た、たまになら誘ってもいいかな……?」
「うっ……ハァ……わかりました。たまになら良いですよ」
「ホント!?えへへー、嬉しいなぁ……」
……はて?俺は誰と会話しているんだろうか?
そして、いつまで飲んでればいいんだ?
……まあ、いいか。
いつも世話になってる人だし。
そんなことを考えつつ、時間は過ぎていった……。
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