第59話 死を切り裂く弾丸


 今にもシャッコウアギトに押しつぶされそうなアンティ・キティラを発見し、ティナは悲鳴に近い叫びを上げた。


「——クラリーナッ!」


『任せとけ!』


 瞬間、レッド・ロードがボムで煙幕を張る。

 黒い煙がぶわりと膨らみ、アンティ・キティラとシャッコウアギトは闇の中に包まれた。

 シャッコウアギトがギャァ、と耳障りな叫び声を上げる。

 ティナはクラリーナの安否が気になり、そのまま弾幕に突っ込もうとした。


『バカ、冷静になれ、ティナ!』


 レッド・ロードが隣の密林を指す。

 ティナははっと我に返った。


(そうだ、私はチームの狙撃手。——役割を果たせ!)


 ブラウ・ローゼの腕を軽く上げ、ティナはレッドから離れる。

 密林の奥深くに身を隠し、ちょうど煙幕の真横に陣取る。


 煙幕が申し訳程度に薄くなったところで、機兵の影が見えた。

 線の細い魔装兵。アンティ・キティラだ。


(クラリーナ、無事だった……!)


 そこをすかさずレッド・ロードが横切る。

 腕にアンティ・キティラを抱えて、密林の奥深くへ逃げ込もうとした。


 それを見逃すシャッコウアギトではなかった。

 産卵期ゆえ、極度の興奮状態にあるらしく、獰猛な唸り声と共に翼を広げ、すぐさまレッド・ロードを追いかけようとする。


(——そうはいかない)


 煙幕はある程度薄れていた。

 距離約100メートル。

 逃がすはずはない。


 ティナは映像盤に映し出されたレティクルを見据えた。

 淡い影となっているシャッコウアギトの頭部を狙う。


 指先に余計な力はいらない。

 まるで何気なく自室のドアノブを捻るように、トリガーを絞る。


 近距離から発射された120ミリ砲弾が、寸分違わずシャッコウアギトの頭に命中する。

 大型砲弾の襲撃を受けたシャッコウアギトは、頭部をまるごとえぐりとられて——絶命した。


 ふぅ、と吐息を漏らす。


 慣れた狙撃のおかげか、敵が沈黙したからか、ティナは落ち着きを取り戻していた。


 他にも産卵期の個体がいるかもしれない。

 ティナは密林の中をなるべく静かに移動し、レッドやクラリーナと合流を果たした。


「クラリーナ、大丈夫?」


『う……ううっ……』


 クラリーナは泣きじゃくっているようだった。

 見れば機走輪スピナーがシャッコウアギトの酸によって溶けている。

 動けないまま、死を迎えるところだった。

 その恐怖はいかばかりかとティナは胸を痛める。


『安心しろよ、地上最強の男が来てやったからよ』


『う、うう……。それ、あんた……自分で考えたん……?』


『そうだけど?』


『はっきり言って……ダサいわ……』


 精一杯の虚勢だろうか、クラリーナはそんなことを言い残して、沈黙した。

 レッド・ロードが動けないアンティ・キティラを横抱きにする。


『他のシャッコウアギトが嗅ぎつけないうちに離脱するぞ』


「了解。斥候スカウトは私がする」


『頼んだぜ、リーダー』


「任せて。あなたほどじゃないけど……こう見えて鋭い方なの」


 半分はクラリーナを安心させるための台詞だった。ティナは油断なく周囲を確認しながら、密林の木々の影を選び、来た道を戻っていった。


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