第54話 墓標に乞う


 屋台街を抜け、狭い路地に入り、どれぐらい歩いただろう。

 急に目の前が拓けたと思ったら、そこは墓地だった。

 おそらくは深淵に挑んだ探索者達の墓だろう。

 あらゆる形の石碑が地面に埋め込まれている。


「な、なんやの、こんな湿気たところに連れてきて」


 クラリーナは肩の辺りに寒気を感じ、しきりに手でさすった。

 レッドはそんなクラリーナを見て、快活に笑い飛ばす。


「トゥリゴノのこともお化けとか言ってたよな、確か。苦手か、こういうところ?」


「そんなことあらへんわ。何の用があんのか聞いてんねん」


 あらぬ疑いに釘を差してから、口を真一文字に結ぶ。


「まぁ、ちょっと付き合えよ」


 レッドは軽い口調でクラリーナを誘った。


 墓地の通路はまったく整理されていなかった。

 きっと犠牲者が増えるにつれて、でたらめに石碑を配置したのだろう。

 奥に進むには墓自体を跨がなければならないという、罰当たりなこともしなければならなかった。


 やがて墓地は小高い丘に差し掛かる。

 その最奥にある石碑の前で、レッドは立ち止まった。


 ——『偉大なる流星、此処に眠る』。


 まだら模様の大きな石碑には、その一文が刻み込まれていた。


「誰のお墓やの……?」


「アーミア・バレンスタイン。ティナの母親らしい」


「ティナやんの?」


 ということは、ティナの母もまた探索者だったのか。

 それもこんな立派な墓とともに『偉大なる流星』と称されるからには、よほどの人物だったに違いない。


 レッドは刻まれた文を見つめながら、続けた。


「俺がここに来るのは初めてなんだ。いつかは挨拶しなきゃなんねぇと思ってたんだがな」


「どうして今日、ここに来たん?」


「そうだな。お前にも見て欲しくてさ、クラリーナ」


 レッドはこちらを振り返り、淡い微笑みを浮かべた。


「ティナが深淵を探索する理由——それは復讐らしい。母親……アーミアを殺した第七層の禱手ゼト・アバドンを自らの手で討つんだと」


「そっか……。お母さんと仲良かったんやな、ティナやん」


 胸の隅がちくりと痛む。

 母親——それは決して自分には与えられなかったものだ。


 しかしレッドはかぶりを振った。


「いや、アーミアはティナがまだ物心つく前に亡くなったらしい。おかげで母親の顔もろくに覚えてないんだそうだ。俺も昨日聞いたばかりの話だけどな」


「え……。じゃあ、どうして復讐なんか?」


「けじめをつけさせるためだ、って言ってた」


 レッドは再び石碑を見やる。

 その横顔は苦笑を浮かべていた。


「——『自分の母親を殺した魔獣がのうのうと生きているのが気に入らない』なんて、あいつらしいよな」


 クラリーナは探るようにレッドの顔を覗き込んだ。


「なんで、うちにそんな話するん?」


「お前をチームに引き入れるためだ」


 きっぱりとそう宣言され、クラリーナは鼻白んだ。


「は? なんやて?」


「トゥリゴノとの戦いを見て思いついたんだ。奴を斃すにはお前の力が必要だってな」


「あんた、あの三角お化けを斃すつもりなん?」


「いや、俺は基本的には反対だ。あんなのをいちいち相手してたらキリがねえし、チームの損耗も激しい。けど——」


 体の横でレッドは固く拳を握った。


「ティナはトゥリゴノを斃したい——乗り越えたいらしい。禱手ゼトは深層に行けば行くほど強力になるとされてる。第三層のトゥリゴノごときに苦戦してるようじゃ、第七層のアバドンを斃すなんざ……夢のまた夢だ」


「チーム内で意見が対立しとるわけや」


 ほら見たことか、とクラリーナは胸中で毒づいた。

 ソロにはない、チームならではの問題だ。

 やはりティナもソロに戻るべきではないかとそう考えた。


 しかしレッドは力強い口調で断言した。


「俺はチームの一員としてティナの意見も尊重したい。頭ごなしに否定すんじゃなくて、できるだけ可能性を探りたい。あいつの思いを汲んで——歩み寄りたいんだ」


 レッドの迷いない紅玉の双眸に、クラリーナは胸を衝かれる思いだった。


 他でもない仲間が望んでいるから。

 できうる限り尊重し、歩み寄る。


 そんなこと、ソロの自分では——

 長い間、ひとりぼっちだった自分では、思いつきもしなかった。


「だから……うちをスカウトするって言うん?」


「そうだ。まずはクラリーナの意思を確認したい。そして協力してくれるならトゥリゴノにあんたの力が通じるのかも見極める。それでも駄目そうなら——俺はトゥリゴノ討伐に断固として反対する」


 なんという淀みない言葉なのだろう。

 眩しすぎて見ていられなくなって、クラリーナは俯いた。


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