第53話 ファースト・フロント、ぶらり散歩

 クラリーナは機嫌が良かった。

 何せ、ファースト・フロントを常々歩き回りたいと思っていたからだ。

 しかし一人歩きするにはこの街は少々造りが複雑すぎた。

 それをタダで案内役を買って出た男がいるのだ。

 渡りに船とはこのことである。


「レッドちゃんはここに詳しいん?」


「おいおい、ちゃん付けはやめろよ……」


「だって、年下やん? お姉さんからすれば、まだまだひよっこや」


 何せ自分は、こう見えて今年で二十歳。

 ティナやレッドとは一回り近く違うだろう。


「そういうクラリーナは全然年上に見えねえな。落ち着きがないっつーか」


「おい、何、急に馬鹿にしてくれとんねん。どこからどう見ても立派なレディやろが。今日はちゃんとエスコートしてや?」


「へえへえ」


 なんだか従者が出来た気分だ。

 そう思うと再び機嫌が上向いてくる。

 クラリーナは朝から賑わう通りを、レッドについて意気揚々と歩いて行った。


「朝飯は食べたのか?」


「ああ、一応な。けど子供達もおったし、あんまお腹いっぱいは食べられへんかったわ」


「へえ、クラリーナでも一応遠慮するんだな」


「当たり前やろ、子供はみんな育ち盛りやねんで」


「そうだな。じゃあ、いっちょ腹ごしらえと行くか?」


「おっ、ええやん」


 レッドに連れられて向かったのは、屋台が軒を連ねる路地だった。

 すでに店は開いており、そこかしこから芳しい匂いが漂ってきている。

 クラリーナは思わずすんすんと鼻を鳴らした。


「ここがおすすめなんだ」


 レッドが指し示したのは串焼きの屋台だった。

 炭火の上に金網が敷いてあり、店主が焼き加減を調整しながら、肉の刺さった串をひっくり返している。

 タレをつけて炙っているらしく、あまじょっぱい香りが広がる。


「うわぁ、美味しそうやん」


「おやっさん、ハミスタの串焼き二つ」


「あいよっ」


 レッドが銅貨を数枚渡すと、それと引き換えに串焼きを手渡された。


「いただきまーす」


 その場でかぶりつく。ジューシーな肉汁が口いっぱいに広がった。

 肉の甘味とタレの塩梅がほどよい。

 柔らかい触感なので次々といけてしまう。


「うんまー! おっちゃん、これめちゃうまいわ!」


「そうかいそうかい、お嬢ちゃんありがとうよ」


「ところでハミスタってなんなん?」


「こいつだよ」


 レッドが指差したのは、屋台の奥に置かれていた金属製のカゴだった。

 中には体長30センチぐらいの大きな齧歯類がいて、動きもせずに鳴いている。


『まじつらい』


 ——と、クラリーナにはそう聞こえた。


「え……? なんか、喋ってへん……?」


「ああ、特徴的な鳴き方すんだよな、ハミスタって」


「つらい、とかなんとか言ってんねんけど……」


「そういう風に聞こえるだけだろ?」


 レッドは一向に気にせず、もぐもぐとハミスタの串焼きを食べている。

 クラリーナは手元の肉を神妙な面持ちで見つめた。


「なんか……急に、食欲なくなってきた……」


「お嬢ちゃん、そりゃないぜ。食べてくれよ」


 おやっさんが言うので、仕方なく一口食べる。


「——うまっ。やっぱりうまっ」


「だろ?」


 にかっと笑われる。

 ハミスタの肉の美味さに、クラリーナは負けた。

『まじつらい』——とかなんとか聞こえる鳴き声——は一旦忘れることにして、串焼きを最後まで食べた。


 おやっさんにお礼をいい、再び路地を歩き出す。

 昨日もそうだったが、こうして食事を誰かと共にするのは何年ぶりだろう。

 一人で食べる時とはまったく違う心持ちに、クラリーナの足取りは軽かった。


「ところでこない遊び歩いてていいん? 仮にも探索者やろ?」


「グレインの機体が修理中だしな。それに少なくとも明日から一週間は潜れねえんだよ」


「え、なんで?」


「それは——ん?」


 急にレッドが立ち止まった。

 つられてクラリーナも歩みを止める。


「何、いきなり?」


「いや……なんでもない。行こうぜ」


 レッドは一瞬だけ背後を気にしたようだったが、それ以降は特に警戒する様子もなかった。

 クラリーナとしても特に敵意や殺気らしいものを感じないので、いいか、と思った。



 †



 横に並んで、屋台街を進んでいくレッドとクラリーナの背中を、ティナは揚げ物屋台の陰から見守っていた。

 胸焼けするような油の匂いをものともせず、会話を楽しむ二人をじいっと睨み付ける。


「クラリーナとデートとはねえ……。何考えてやがるんだ、レッドの野郎?」


 傍にいたグレインが小首を傾げる。

 ティナは揚げ物屋台の柱を掴んでいる手に、我知らず力を入れた。


「デートじゃない。ただ案内してるだけ」


「えっ、でもレッドがデートって言ったんだろう?」


「言ってない。そんな感じって言っただけ」


 念を押すように言い含めると、グレインは押し黙った。


 そんな話をしているうちに、二人はさらに左の路地へと入っていく。


「動いたよ、グレイン。行こう」


「お、おう、分かっ——」


「ちょいと、そこの怪しいアンタ」


 数歩踏み出したティナの背後で、グレインが揚げ物屋台のおばちゃんに捕まっていた。

 睨まれたグレインはしどろもどろになる。


「え? オレですか?」


「そうだよ。アンタ、柱に傷をつけただろう。ヒビが入っちまってるじゃないか」


「いや、それはティナが……」


「馬鹿だね、あんな華奢な子がそんなことできるかい。アンタがやったんだろう、弁償してもらうよ!」


「そんなあ!」


(んもう、何やってんの、グレイン……)


 グレインがぐずぐずと鼻を鳴らしながら(多分、泣いてる)おばちゃんにお金を払う。

 ティナはグレインを今や遅しと足踏みして待っていた。


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