第52話 それってデートやん


 翌朝、六時のサイレンと共に目覚めたティナとクラリーナは、礼拝堂で軽くお祈りを済ませ、食堂で朝食を摂った。

 今日の朝食は余り物の野菜くずのスープとパンだった。

 以前より食事事情が潤ったとはいえ、こういう節約も必要だ。


「へー、なんや野菜の出汁が出て美味しいなぁ」


 クラリーナが感心して言うのに、子供達は自慢げだった。


「そうだろ、これ、マザーの得意料理なんだぜ」


「夕ご飯はシチューを頼んでおいたから期待してね、クラリーナお姉ちゃん」


「おーおー、どんなもんか食べさせてもらおうやないかい」


「あっ、姉ちゃん、ニンジン避けてねえか?」


「うぐっ、なんでバレたんや」


「好き嫌いすると大きくなれないよ?」


「えーの、うちはこれでもう立派な大人なんやから!」


 昨夜と同じく、わいわいとクラリーナは子供達と会話している。

 意外と子供好きなのか、その表情には笑顔が絶えなかった。


 食事が終わって、みんなと片付けをしている頃、来客を告げるベルが鳴った。代表してティナが玄関に向かうと、そこには——


「よっ、おはようさん。朝から地上最強の男のおでましだぜ」


 軽く片手を上げるレッドに、ティナは思わず目を丸くした。

 レッドがここに来ること自体がまず珍しいし、ティナとしては昨日のことを少し引きずっていたからだ。


 だがレッドは大して気にした風もなく、物珍しげに孤児院の礼拝堂を眺めていた。

 昨日の今日だ、特に答えを急かすつもりはないらしい。


「へえ、ここがティナの住んでるとこか」


「うん……。あ、マザー・カミラに会っていく? いつもレッドとグレインに直接お礼を言いたいって言ってるの」


「ああ、金のことか? そんなのいい、いい」


 パタパタと手を振るレッドはしきりに礼拝堂を見回している。

 その視線は誰かを探しているようだった。


「どうしたの?」


「いや、何。昨日、ティナがクラリーナを連れてったって噂で聞いたもんだからよ」


 どうやら目抜き通りでの騒ぎが、回り回ってレッドの耳にまで入ったらしい。


「クラリーナなら奥にいるけど」


「んじゃ、呼んできてもらってもいいか?」


 レッドの真意は測りかねたものの、ティナは頷いて、食堂に戻った。

 クラリーナに昨日の文句を改めて言うつもりなのだろうか。

 けど、レッドの性格からしてその線は薄いだろうが……


「クラリーナ、レッドが呼んでる」


 マザー・カミラと子供達に交じって食器を洗っていたクラリーナは、不思議そうに首を捻った。


「レッドってあの真っ赤な髪の?」


「うん」


 クラリーナを連れて玄関に戻る。

 大人しく待っていたレッドにクラリーナは胡乱げな眼差しを向けた。


「なんや、自分。もしかして昨日のことでうちに文句でもあんの? 言っとくけどあの三角お化けに最後、ダメージを与えたのはうちやで」


 クラリーナも同じことを思ったらしい。

 しかしレッドは首を振って否定した。


「そんなんじゃねーよ。お前と二人で出かけようと思ってな」


『——へっ?』


 奇しくも、ティナとクラリーナの声が重なった。

 目を丸くする二人を意にも介さず、レッドはにこやかに続ける。


「クラリーナはファースト・フロントに来て間もないんだろ? 俺が案内してやるよ」


「えっ、いや、は? うちと二人? ティナやんは?」


「ああ、ティナはいいや」


(いいやって何よ……)


 憮然としているティナの横で、クラリーナが薄い胸を張る。


「あらら、それってデートやん。もしかしてうちに惚れてもうたってこと?」


「ま、そんな感じ」


(——そんな感じ!?)


 ティナはぎょっとして両者を見比べた。

 レッドはあくまでも自然体、クラリーナはまんざらでもない様子で、鼻を膨らませている。


「ふーん。なら、つきあってあげてもかまへんけど?」


「よしきた」


 呆気に取られるティナを置き去りに、レッドはクラリーナを手招きする。


「じゃ、いこうぜ。そうだ、ティナ、お土産なにがいい?」


「……べ、別にいらない」


「そうか?」


 言って、レッドはクラリーナと孤児院を後にした。

 立て付けの悪いドアがぎいいぃ、と閉まる音をティナは為す術もなく聞いていた。


(レッドがクラリーナと……デート?)


 そこへ食堂から通信機の着信音が聞こえて来た。

 マザー・カミラが礼拝堂にやってくる。


「ティナ、グレインさんという方からご連絡ですよ」


「……はい」


 食堂まで取って返して、通信機に耳を当てる。

 そこからグレインの弾むような声が聞こえてきた。


『おはよう、ティナ。修理の工程がちょっと早まったらしい。一週間もかからないうちに、俺のレギオンが——』


 その呑気な口調がティナのささくれだった胸の内を刺激した。

 ティナは目が据わっているのを自覚しながら、低い声音で言った。


「——グレイン」


『また新品同様に……え?』


 大きく息を吸って、ティナは叫んだ。


「そんなことどうでもいい! それより今すぐ集合ッ!」


『えええええええ!?』


 グレインの困惑の声が木霊する。

 ティナは乱暴に受話器を置いて、荒く肩で息を繰り返した。


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