第28話 アビスカンケル
背後にあった建物の陰から、ギチギチと何か固い物が蠢く音がした。
はっとしてクラリオンの銃口を向けた先に、魔獣の姿があった。
アビスカンケル——全身を甲殻で覆われた、四足歩行の魔獣だ。
脚とは別に二つの強力な鋏を有している。
体長3メートル級の個体が三体。
まだ成獣にはほど遠い大きさだが、生身のティナからすれば明らかな脅威である。
(こんなに接近されるまで気づかなかった。でもどうしてアビスカンケルがこんなところに——!?)
60センチほどの幼体は『砂蟹』といって、食糧として親しまれていることからも分かるように、アビスカンケルは砂地に生息する魔獣である。
強力な鋏で獲物を捕らえ、砂中に引きずり込むのだ。
だからこんな岩場にいるはずがない、なのに。
(考えてもしょうがない、距離をとらなきゃ)
ティナが昇降機方面へ駆け出すと同時に、がしゃがしゃと耳障りな音を立てて、アビスカンケル達が追ってきた。
その歩行速度は脚のリーチもあってか、意外と素早い。
あっという間に彼我の距離を詰められたティナの頭上から、大きな鋏の切っ先が襲いかかる。
「——ッ!」
恐怖を押し殺し、ぎりぎりまで鋏の動きを見極めて、回避行動を取る。
近くの建物の中へ、前転するように飛び込んだ。
そこをすかさず別の個体の鋏が、鉄槌の如く振り下ろされる。
ティナは転がる体の横に手を突き、自身の軌道を変える。
負荷を掛けた手首と、なすすべもなく横転する背中と腹に、断続的な痛みが走った。
途中、背嚢の中からバリッと何かが砕ける嫌な音がする。
ティナは仰向けになった頃合いを見計らって素早く起き上がると、反対側の壁に空いた大穴から建物を飛び出していく。
痛覚を無視して再び走り出す。
背嚢からレンズの破片が擦れ合う音が聞こえてきて、ティナは思いっきり歯噛みした。
「ちくしょう……!」
未だ自分を追跡してきているであろうアビスカンケルの姿を思い浮かべる。
今すぐにでもクラリオンで弾丸をぶち込んでやりたいが、生憎立ち止まっている暇はない。
悔しいことに昇降機方面からは遠ざかっていく。
こうなったら機兵に乗っている別の探索者を見つけ、助けを請うより他ない。
だが遺跡群の中心を行けども行けども、救世主には巡り会えない。
(体力が持たない。まずいっ……!)
もはや用はない背嚢を投げ捨てようとした、瞬間だった。
『——そこの小せえの、伏せな!』
人の声だ。
ティナは考えるよりも早く、それに従っていた。
地面に倒れ伏せると同時に、アビスカンケルへ小口径弾が雨あられと降り注ぐ。
一匹が脚を潰されて動けなくなり、残る二匹も奇襲に居竦んだようだった。
ティナは土に汚れた顔を上げる。
そこには見覚えのある機兵が立っていた。
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