第29話 必殺必中の弾丸
(あれは、第二層で会った——?)
赤と白の塗装、そして襤褸のマントを羽織った機兵だ。
機兵は動けなくなったアビスカンケルにナイフ型の白兵武装で止めを刺すと、残る二匹を睨んだ。
アビスカンケル達は左右から機兵を挟み撃ちにする。
『ハサミだけに、ってかぁ!?』
しょうのないことを叫びながら、操手——確か名前は、レッド・クリフ——は右の個体に銃口を定めた。
だがアビスカンケルはティナを追うときに見せた素早い動きで、弾幕を避けていく。
チッ、と舌打ちしたレッドが再びナイフを振り上げようとしたその時、ティナは静かに告げた。
「——動かないで」
果たしてその声はレッドの機体の集音器に無事拾われたようだった。
機兵が動きを止めたと同時に、ティナはクラリオンの銃口をアビスカンケルに向けた。
一番安定しないとされている
引き金を絞ると同時に、クラリオンの銃身に三つの魔方陣が並ぶ。
淡い緑色の光を纏った風魔法の三段式弾体加速装置が発動。
反動を吸収すると共に、恐ろしいほどの初速で実弾を発射する。
その直後にはアビスカンケルの脳天に、6.5ミリ弾が突き刺さる。
斃された仲間を見て、残された一匹は慌てふためいていた。
逃げようと方向転換したのを、ティナは冷静に——冷徹に見つめる。
(遅い)
ティナは再びトリガーを絞った。
仲間同様、後ろ頭を撃ち抜かれ、アビスカンケルは前のめりに倒れ伏した。
戦場の緊迫感が第一層の冷たい空気に霧散する。
ふう、と全身の力を抜いたティナはクラリオンのスリングを肩にかけ直した。
『死体撃ちは……しなくていいみたいだな』
赤と白の機兵がアビスカンケルの遺骸を覗き込んでいる。
死体撃ちとは万が一敵が一命を取り留めている状況を勘案して、念のために追い打ちしておくことだ。
当たり前だといわんばかりに、ティナは緩く首を振った。
「私は外さないわ」
『……なるほど』
操縦槽のハッチが開き、レッドが姿を現した。
レッドは白い歯を零して言った。
「また会ったな、ティナ」
「……そうね」
ティナは胡乱な眼差しをレッドに向けた。
これで彼には二度ほど助けられてしまったことになる。
出来過ぎ——などと下手な勘ぐりはよしておこう。
そもそも新しき深淵に挑む探索者は限られている、同じ顔と鉢合わせることなど日常茶飯事だ。
「ありがとう、礼を言うわ」
「なんでだ? 魔獣を斃した数はお前の方が多いだろ?」
あっけらかんとレッドが言うのに、ティナは呆れた。
機兵が来なければ、ティナは銃を撃てなかった。
あのまま追い詰められて、今頃どうなっていたことか。
「確かにそうだけど……。ううん、もういい」
「あん? なんかよく分かんねーけど、帰るんなら乗っけてってやるぜ」
「これから第二層に潜るんじゃないの?」
「そのつもりだったけど、お前をこんなところに置いていけねえだろ」
レッドの手が操縦槽の空いているスペースをぽんぽんと叩く。
ティナは悩んだが、確かに魔獣が徘徊しているところを一人で歩くのは危険だろうと判断し、レッドの言葉に甘えることにした。ただし、
「手でいいわ。乗せて」
「お前、物好きだな。いいけど落ちんなよ」
差し出された機兵の指に掴まったティナは、そのまま持ち上げられて、怪我をした小鳥のように慎重に運ばれていく。
歩行の影響で多少の揺れはあるが、文句は言っていられなかった。
「なんでアビスカンケルがあんなところにいたかな。おかしくねえか?」
レッドは律儀に操縦槽を開けっぱなしのまま、ティナを見下ろしている。
ティナは首を横に振った。
「分からない、突然襲われた」
「ふーん。群れのボスが迷い込みでもしたかね?」
「知らないってば」
突っぱねた物言いをするティナをもろともせず、レッドは話を続ける。
「にしても、お前さんはラッキーだな。なんてったって、地上最強の男であるこの俺に、二日連続で会えたんだからな!」
「またそれ……。自分で考えたの?」
「自分で考えたけど?」
「ああ、そう」
頭が痛くなってきたのは、何も機兵の動きに酔ったからではあるまい。
ティナは指で強くこめかみを抑えた。
「私がラッキーだったら、今頃こんなことになってない」
「アビスカンケルに襲われたことか?」
「それもあるけど……」
ティナは物憂げに背嚢を機兵の手の上に降ろした。
中を覗くと、予想通り、粉々になった対物レンズの無惨な姿が目に入る。
「幻装兵の部品? あぁ、あの従機のライフルスコープだな」
「科学技術由来のものじゃないと、射程が落ちる。いいのを見つけたと思ったのに……」
肩を落とすティナを励ますように、レッドが声を張り上げた。
「同じようなもんを扱ってるジャンク屋を知ってる。明日にでも案内してやるぜ」
「えっ、本当に?」
「おう、地上最強の男に二言はねえ」
「……はっきり言うけど、それ、格好悪いからやめた方がいい」
「なんでかみんなそう言うんだよな。この称号が羨ましいんだろうな」
親切心からの助言をからからと笑い飛ばすレッドに、ティナはもはや何も言うまいと固く心に誓った。
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