第24話 ぬくもり
その瞳には鋭い眼光が灯っていた。
「……あたたかい、ぬくもりだって? そんな不確かなものに縋るんじゃない。そんなものに命を賭けるな。それは愚か者のすることだよ」
明らかな怒気がぴりぴりと肌に突き刺さる。
ティナもまた負けじとオズを見返した。
「クラリオンは間違いなく母さんのものだ。不確かな何かなんかじゃない」
「そんなものただの武器にすぎない。鉄の塊さ。ぬくもりなんて——幻だ」
何て悲しい事を言うのだろう。
けれど、当のオズがぎゅっと眉間に皺を寄せているのに、ティナは気づく。
それは写真で見た、黒い曇天に似ているような気がした。
「……あなたはどうして私をそこまで否定するの?」
オズの赤い瞳がかすかに揺らいだ。視線がわずかに逸らされる。
「別に、否定しているわけじゃない。ただ、アーミアの遺した命が意味もない復讐に使われるなんて。そんな軽いものなのかと、落胆してるだけだ」
「私は命を軽く扱った覚えはない」
探索の際には細心の注意を払っている。
だからこそ第二層を未だ彷徨っているのだから。
ティナがただの無鉄砲者だったとしたら、すでにここに立ってはいないだろう。
しかし、オズは尚も頑なだった。
「なんと言おうと、あたしは認めない。ティナ、いますぐ足を洗うんだ」
「——それは、私がアーミア・バレンスタインの娘だから?」
オズは目を見開いて、押し黙った。
「あなたは……きっと、私のことを心配してるんだと思う。分かりづらいけど、それぐらいは分かる。でもそれは仲間の忘れ形見だから?」
「それは……」
「せっかく拾った命だから籠の中の鳥みたいに、安全なところで何も知らずに生きろって言うの?」
自分がこんなに喋ることができるとは思わなかった。
それほど今のティナはオズと初めて——真剣に向き合っている。
「そうじゃない……あたしは、あんたを。ティナを……」
オズが口を閉じてしまいそうになるのを、ティナは叱咤した。
「ちゃんと、言葉にして。私、少しだけ分かったの。あなたとちゃんと話さなきゃ、言葉にしなきゃ、分かり合えないって」
地面に足を踏ん張る。
いつも避けて、逃げ出していた。
でも、今日ばかりは決着をつける。
オズに理解を得て、乗り越えられなければ、きっと深淵のさらに深みになど達することはできないだろうから。
オズはやがてゆるゆると首を振った。
「あんたのことは……赤ん坊のころから知ってる」
赤い双眸がどこか懐かしげに遠くを見た。
「初めて抱いた感触を、今でも覚えてる。あったかくて、良い匂いがしてさ。ああ、この子は生きてるんだって思ったよ」
優しい声音だった。
初めて聞く、オズの言葉。
「アーミアを悲しませたくない。けどそれ以上に、あたしは……あたたかいあんたが冷たくなるのだけは、耐えられない……」
——ぬくもり。そうか。
(私は母さんのぬくもりだけで生きてきたわけじゃない。オズのぬくもり、マザー・カミラや孤児院の子供たちのぬくもり、色んな人の——)
そしてオズもまた仲間の、アーミアのぬくもりを失った。
同じようにティナを失うことだけを、ただ恐れているのだ。
奪われたくない、それは誰もが同じだ。
(だからこそ——やっぱり、私は)
「オズ、私の目的は変わらない」
ティナははっきりとオズを見据える。
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