第23話 『偉大なる流星、此処に眠る』

 ティナは薄暗いファースト・フロントの路地を、とぼとぼと歩いていた。


 肩には愛銃クラリオンのスリングが掛かっている。

 孤児院を飛び出す直前、一階の自分の部屋から取ってきた。

 肩に掛かる重みだけが、今のティナを支えていた。


 路地を抜けた先にあったのは、ファースト・フロントの共同墓地だった。

 開けた広場に無数の墓石があり、その下では数々の探索者が眠っている。


 ティナは死者に気遣うように静かな足取りで、墓地のある一角へと向かう。

 墓地は奥へ向かうほど勾配があり、小高い丘になっていた。


 その頂点に陣取る、慰霊碑の前に立った。


 まだら模様の大石に刻まれている文言は——『偉大なる流星、此処に眠る』——母・アーミアの墓だ。


 幼い頃から幾度となく訪れた場所だ。

 しかし母の眠る地を前にしても、ティナにはなんの感慨も浮かんでこない。


 それこそ当たり前なのかもしれない。

 ティナにとってアーミア・バレンスタインは——『顔も知らない誰か』にすぎないのだから。


 それを悲しむべきなのか、受け入れるべきなのか、ティナには分からない。

 ただ無性に何かに縋り付きたくなって、ティナはクラリオンを肩から降ろして、そっと抱きしめた。


 この狙撃銃はもちろん金属でできている。

 だが青い塗装の向こうから伝わってくるのは、決して金属の冷たさではなかった。


 今の今までティナが背負っていたから、単純に自分の体温が伝わっているだけなのかもしれない。

 けれど、それは確かに温かいのだ。


 ——ああ、そうだ。


 たった一つ、母から遺されたものがある。


 母の遺品として、オズから渡された——このクラリオンだ。


 ブラウ・ローゼを降りて、生身で交戦する時、いつもこの引き金を引いた。

 クラリオンの引き金はライフルとは思えないほど軽い。

 それに幼いティナの体にも不思議と合い、支えるのに困ったことはなかった。


 まるでいつも誰かが自分の傍らに寄り添い、手助けしてくれているかのように。


 自分はアーミアの事を知らない。

 彼女がどんな人で、何が好きで、どんな人を愛し、どんな気持ちで自分を生んだのか——そんなの分かるわけがない。


 でも、一つだけ確かなことがある。


 いつも自分の傍でクラリオンに手を添えてくれる人がいること。


 自分が母親を“感じた”ことがあるのだけは、間違いない。


「きっと……」


 ティナはクラリオンにそっと頬を寄せ、目を閉じた。


「これが、答えなんだ」


 目を大きく見開き、ティナは慰霊碑に背を向け、駆け出した。

 共同墓地を出て、路地をひた走る。

 孤児院に着く頃には、さすがに息が上がっていた。


 孤児院の入り口にオズがいた。

 マザー・カミラや子供達の声を背に受けながら、そっと扉を閉めるところだった。


「あんた……」


 振り返ったオズはティナが立っているのに気づく。

 孤児院の光が届かぬ暗闇を挟んで、ティナはオズと相対した。


「なんだい、汗だくじゃないか」


 肩で息をするティナを見て、オズが苦笑する。


「で、復讐ごっこはやめる気になったかい?」


 飽きもせずそう言って寄越すオズに、思わずかっと頭が沸騰しかける。

 しかしティナはクラリオンを握り締め、その怒りを呑み込んだ。


「私は——確かに、母さんのことを知らない」


 乾いた喉の奥に、粘ついた唾液を押し込む。

 口下手な自分がオズを納得させられるかどうか、分からない。

 けれどここまできたら思いの丈をぶつけるのみだ。


「でも私にはクラリオンがある。母さんから、もらった銃。あなたにもらったその時から、私のそばにあった。初めて撃った時から、確かに感じてるの。誰かの手を、誰かのぬくもりを。自分じゃない……知らない、誰かの」


「それがアーミアだとでも?」


「分からない。それでも、あたたかいの」


 オズは依然、厳しい表情を浮かべている。

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