第25話 母と娘と

「私からこのぬくもりを奪った奴を殺す。落とし前をつけさせる」


 向かい合った赤い両目が見開かれる。

 ティナは語気荒く続けた。


「母さんの無念だとか、過去の名声だとかそんなもの関係ない。自分から、あなたから、大切なものを奪ったやつがのうのうと生きている。ただ、それが許せない。だから、私は気に入らない奴をぶっ飛ばしにいく。他の誰でもない、これは私に売られた喧嘩だ」


 復讐を誓って、初めて心の霧が晴れたような気がした。

 雨雲の合間から青空が顔を覗かせ、太陽の光が束となって差し込む光景が脳裏に浮かぶ。


「約束する。——私は死なないよ、オズ。生きて絶対目的を達成する。だから、信じて」


「……ティナ」


 オズは歩み寄ってきたかと思うと、ティナに両腕を差し出した。


 背中に回った手にひかれるがまま、オズの肩口へ顔を埋める。

 初めて感じたオズの体温に、匂いに、ティナは目を丸くした。


「ちょっ——」


「あたしの負けだよ」


 あれだけ頑なだったオズの柔らかな口調に、ティナはますます驚きを隠せない。

 声も出せないティナにオズはさらに語りかける。


「あんたを守ることだけが、あたしの使命だと思ってた。平穏無事に暮らしてさえいれば、それでいいと……。でもそれじゃあ、そう——死んでいるのと変わりないね」


「じゃあ……」


「もう復讐を止める気はない。だってそれはあんただけの思いなんだから。だから……好きにするといい」


 オズの指がティナの髪を優しく梳かす。


「ティナ。ティナ・バレンスタイン——」


 まるで愛しい我が子を慈しむように。


「大きく……なったね」


 目の裏側が熱くなる。

 ティナはぎゅうっと眉根を寄せた。


 ああ、私の心は通じた。


 ずっと言葉にできなかったこの思いは、それでも潰えなかったこの願いは——今、ようやく認めてもらえたのだ。


 オズがやっと解放してくれた。

 ティナの顔を覗き込み、苦笑する。


「なんだい、その顔は。相変わらず不器用な表情筋だね」


 やにわにオズはティナの頬を両手で包んだ。

 そしてティナの双眸に盛りあがった熱を、矯めつ眇めつするように、むにむにと手を動かす。


 なにをするんだと振り払おうとした直前、オズはティナの動きを察したように一歩、離れた。


「——仲間を探すんだ、ティナ」


 オズの真剣な表情に、ティナは抗議を呑み込んで、黙って聞き入る。


「あんたは後衛のガンナー。だから、最低でも前衛となる壁役タンクと、道案内をする斥候スカウトを入れなさい」


「それって……」


「そう、チームを作るんだよ。——かつてアーミアやあたしがそうしたように」


 伝説の探索チーム『ホワイトゲイル』。

 それを越えるチームを結成し、アバドンを斃す。


 途方もない夢のような話に、しかしティナの肌は粟立った。

 背筋が震え、それが全身に伝播する。


 ——まるで奮い立つように。


「思えば、探索者としてあんたに助言したのはこれが初めてかもしれないね」


 オズはどこか誇らしげに言った。


「私のところ——第六層の『セカンド・フロント』まで来られたら、アーミアの話をしてやるよ」


 かつかつとヒールの音を響かせて、オズはティナから遠ざかっていく。

 ティナは振り返ることなく、ぎゅっと拳を握りしめた。


 仲間を探す。

 チームを作る。


 そうして、再び『新しき深淵』に挑む。


 ——世界はままならない。


 けれど、そればかりじゃない——


 ティナは力強く顔を上げ、未だ見ぬ明日を暗闇の中に見いだそうとしていた。







 ファースト・フロントの通りの人混みに飛び込む寸前、オズは足を止めた。


 頭の裏を過る、かつての光景が鮮烈に甦ったからだ。


『この出会いは運命だ! 私と一緒に伝説を作ろう!』


 そう言ってあの女は自信に満ち満ちた表情で、オズに腕を伸ばした。


『——さぁ、この手を取れ、オズ!』


 小刻みに肩を揺らす。

 その時の女の顔が、さっきのティナに重なって仕方がない。


 気に入らない奴をぶっ飛ばしに行く。

 私は絶対死なない。

 だから、信じて。


 どっちも言っていることが滅茶苦茶だ。

 でもどこか手を取りたい気持ちになるのは、どうしてだろう。



「アーミア、あんたは大概馬鹿な女だったけど、あんたの娘もそっくりの大馬鹿者だよ……」



 オズはゆっくりと頭上を仰いだ。

 決して星が浮かばない深淵の天井が、密かにきらりと瞬いた、そんな気がした。


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