第20話 ファースト・フロント

 巨大地下空洞『新しき深淵』の内部に存在する小規模都市。

 それが『ファースト・フロント』である。


 人口は数千程度。

『新しき深淵』を発掘する探索者たちによって、自然発生的に造られたのが始まりとされる。


 ファースト・フロントは、『新しき深淵』の最も浅い領域である第一層の西側壁面に形成されている。

 どこまでも広がる壁面の、狭い岩棚の上に形成された都市は、家々が折り重なるようにして、長く続いている。


 何故、第一層の地面に都市が発生しなかったのかというと、下に生息する魔獣や鋼魔獣を避けるためだ。

 人々は安住を求めた結果、まるで苔のようにして壁にへばりついているのだ。


 ティナは同盟当局の前線基地に設置されている、昇降機によってファースト・フロントに帰還し、駐機場にブラウ・ローゼを駐めた。


 近くの市場でカジャフザードの肉を卸し、得た金で今度は機兵修理工房へと赴く。


 馴染みの鍛冶師はブラシのように生えた固い顎髭をさすりながら、駐めてあるブラウ・ローゼを難しそうに眺め回した。


「脚部のガードに、大盾、このでかい銃もか……。ティナちゃん、こりゃ相当時間かかるぜ」


「毒で溶けただけよ。なんとか早く修理できないの?」


「あのなぁ、ただ穴を埋めりゃいいってもんじゃねえのさ。ガードを貫通したってことはその奥の脚部も損傷してるかもしれねえ。盾の破損箇所はアームとの接続部分に近いし、なんといっても銃だ。なんつったっけか?」


「フレイミィ・クインリィ」


「そう、それ。特殊な火器管制がついてたろ、砲塔が損傷したってことはそっちとのリンクもチェックしなきゃなんねえ。精密射撃じゃなくて、ただ砲弾をぶっぱなすだけでいいんなら、ともかくな」


「……もう分かった。とにかくなるべく早く万全にして欲しい」


「分ぁったよ」


 鍛冶師に前金を渡し、ティナは駐機場を後にした。

 ちらりとブラウ・ローゼを振り返り、密かに眉を顰めながら。


 ファースト・フロントは相変わらずごみごみとしていた。

 ただでさえ狭苦しい街に、住人も探索者も一緒くたに住んでいるため、往来はいつも目が回るほどの密度だ。


 地下空洞の中間地点にあるため、苔の光もあまり届かない。

 むやみやたらに増築された家屋は、まるで子供が積み木で作ったように不格好だ。


 息苦しさに押しつぶされそうな中、ティナは慣れた足取りで、街の東側を目指した。


 十五分ほど歩いたところで、ようやく目的地が見えてくる。


 落石で穴が空いた屋根に、木板を打ち付けただけの壁。

 扉は立て付けが悪く遠目から見ても斜めに傾いている。

 それでも他の家屋の三つ分ほどの大きさがある建物だ。


 軒下にぶらさがっている木製の看板には『灯火の揺り籠』と彫られてある。

 ファースト・フロントにいくつかある孤児院の一つで、ティナもまたここで育った。


 その名の通り、窓から朧に漏れ出る明かりに誘われるようにして、ティナは扉をくぐった。

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