第21話 不動の魔女

 扉の向こうは小さな礼拝堂だった。

 長椅子が左右に二つずつ置かれていて、その前方に三女神教における聖女リアンナの像が祭られている。


 聖壇には法衣を纏った老女がおり、彼女を中心として十数人の子供が熱心に祈りを捧げていた。

 だが扉が開いた音を聞いて、全員が一斉にこちらを振り返る。


「あっ、ティナねーちゃん!」


「おかえりなさい!」


「ティナちゃん、お土産は〜?」


 子供達が津波のように押し寄せる。

 いずれもティナより年下の、年端もいかない少年少女ばかりだった。


 わらわらとティナの回りにまとわりつく子供たちの頭を、順番に撫でていると、聖壇にいたシスターが大股で歩み寄ってきた。


「こら、お祈りは終わっていませんよ」


「だぁって〜、ティナねーちゃんの話聞きたいもん」


「ねえ、今回の冒険はどうだった? 怖かった? まじゅう、いた?」


「まじゅうがいても平気だよ、機兵でぼっこぼこだ!」


 正確に言うとブラウ・ローゼは機兵ではなく従機なのだが、そんなことを子供に言っても仕方ない。


 それよりもシスターだ。

 この孤児院の責任者でもあるマザー・カミラは一向に言うことを聞かない子供達の説得を一旦諦めると、ティナに向けて優しく微笑みかけた。


「ティナ、よく無事で帰ってきてくれましたね」


「うん、ただいま。マザー・カミラ」


「あまりにも続けざまに探索へ出かけるから、心配しました。あまり無茶はしないでください」


「ごめんなさい。でもしばらくはゆっくりできる。ブラウ・ローゼを修理に出したから」


「まぁ、そうなの? 危ない目にあったのですか?」


「……そんなことは、ない。定期メンテナンスをしてるだけ」


「そうでしたか。何にせよ、ティナが休めるなら私も安心です。子供達も喜びますしね。それにちょうど良かったわ」


 マザー・カミラはちらりと礼拝堂の向こうを見つめた。

 扉の奥には居住スペースがある。


「何が良かったの?」


「応接室にお客様を通してあるの。仕事がないならゆっくりお話できるでしょう?」


「客って……私に?」


 目を丸くしてマザー・カミラの視線を辿ったティナに、ちょうど奥の扉が開く様が見えた。


 現れたのは、見覚えのある獣牙族じゅうがぞくの女性だった。

 光沢のあるアッシュブロンドの長い髪の毛に、それと同じ色のぴんと立った狼のような耳、そして床につかんばかりの尾が特徴的だ。

 目は暗い赤色、少し物憂げな顔立ちをしている。


 ワインレッドのジャケットに身を包んだ肢体は、張りのある肌をしている。

 しかし彼女の年は確か五十歳近い。

 また若作りしてる、とティナは胸中で軽く毒づいた。


「久しぶりだね、ティナ」


 低く深い声音が響く。

 唇に弧を描きながら、女性はこちらに歩み寄ってくる。


 ティナは無表情のまま、約一年ぶりに彼女の名を呼んだ。


「……オズ」


 またの名を『不動の魔女』。


 C—02階層別特別探査許可証S級ライセンスを持つ伝説的な探索者の一人であり、母・アーミアが率いた探索チーム「ホワイトゲイル」に所属していたチームメンバー。


 そして今はティナの一応の『後見人』であった。

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