第10話 強襲

 昨日いた枯れ木だらけの森とは違い、針葉樹の森は深く閉ざされていた。

 ティナはそこから動くことなく、意識を右目に集中させる。


 機兵の目とも言える魔晶球ましょうきゅうから映像盤に送られていた景色が、森の中から雪山の外へとあっという間に移り変わる。

 ティナの右目前方には緑色に光る魔方陣が浮かび上がっていた。


 『イーグル・アイ』と呼称される風魔法の一種である。

 魔晶球の前にレンズの形をした空気密度の濃い空間を作り出して、光の屈折をコントロールすることで望遠を可能にする。


 ティナは魔法に意識を集中させながら、拡大された映像をくまなくチェックした。

 昨日ダニタが言っていた隣山に焦点を合わせる。

 雪の降り積もった森と森の間に、点々とした足跡がいくつも見て取れた。

 ナウマンは夜ごと森で眠っては移動を繰り返す。足跡は予想より手前まで迫っていた。


 ティナは稜線が折り重なる空へと視線を移す。

 まだ明け切らぬ空はしかし、もうすぐ黎明を迎えようとしている。


 朝日が昇り、昼頃に差し掛かると、ナウマンの群れは移動を開始するだろう。


(狙撃ポイントは問題ない。ナウマンの群れが出てきたと同時に撃てば良いだけ。昨日の夜、適当に見つけたにしては上々ね。距離は800メートルってところかな。うん、一発あれば十分だ)


 幸いにして、今日は晴れているので、視界は良好だ。

 昨日、オジロを仕留めた時よりも条件はいい。

 何より『イーグル・アイ』とブラウ・ローゼの武装であるプラズマ・カノンを使えるのだ、仕留め損なう理由が見当たらなかった。


 ただ一つ、懸念といえば——


 刹那、びりっとした感覚がティナの首筋を駆け抜けた。

 直感、と言われればそれまでだが外れたことはただの一度もない。


 ティナは弾かれたように三時の方向を見やった。


 森の静寂を轟音が切り裂く。

 密集している針葉樹の間を器用に縫って、その危機はまっすぐブラウ・ローゼへと迫っていた。


 ティナは『イーグル・アイ』を解除、映像を目の前のものに切り替えた。

 一際大きな樹が倒れてくるのをとっさに回避する。

 樹が破壊された高さはとりもなおさず、ブラウ・ローゼの胴体部——つまり操縦槽と同じだった。


 先ほどの懸念が、残念ながら的中した形になる。

 念のため、森の中に陣取っておいて良かった。


 ティナは息つく暇もなく足元を見下ろした。

 そこには真っ黒に焦げた弾が一つ転がっている。


(——76ミリ狙撃砲)


 映像盤の景色が一度だけ揺らぐようにぶれる。

『イーグル・アイ』を使用していた影響がまだ残っているのか、とも思ったが、ティナは考えを改める。


(違う、狙撃砲にルーンの残滓が感じられる。それが魔晶球に干渉しているんだ。風と火のルーン——魔導スラスターだ)


 魔導スラスターに長距離用の狙撃銃。

 こんな特殊な兵装を搭載している機種は絞られてくる。

 ティナは素早く機首を三時の方向に巡らせると、ブラウ・ローゼで森の中を疾走する。


(魔導スラスターを利用した狙撃銃『トゥールハンマー』。ということは、敵機は帝国の第六世代機兵、機装兵・トゥルビネ!)


 そしてそのトゥルビネはまさに、ガルバス・ベゲッドが駆っていると話に聞いていた機体だった。


 良くも悪くも有名な機体である。

 その特徴はティナも把握していた。

 魔導スラスターを暴発させ、その爆風で弾を撃ち出す『トゥールハンマー』は強力無比な狙撃銃である。

 しかし一度射撃を行うと、スラスターパックを再装填せねばならず、よって連射性能はない。

 そもそも狙撃とは一撃必殺でなければならない。

 何故ならその射撃角度から狙撃手の位置が露見してしまうからだ。


 つまりガルバスが狙撃に失敗した今、ティナは絶好の反撃機会を得た。


 ガルバスはティナを殺害する気だった。


 やはり——狙いは名誉でも報酬でもなく、この自分だったのだ。


 何故かは分からない。

 だがそれを考える暇もなければ、答えを出すつもりもない。


 殺される前に、殺す。


 それが戦場の掟だ。

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