第11話 狙撃手、交錯(前編)

 森のほぼ中央付近でブラウ・ローゼを停止させると同時に、ティナは『イーグル・アイ』を起動した。

 遠く離れた隣の山の小高い丘を索敵する。

 その森の中に機兵を発見した。


 グレーの機体に、頭部の特徴的な飾り、それに間接部に付属している展開式の主翼。

 間違いない、トゥルビネ——ガルバス機だ。


 推定距離は1000メートル。

 ティナの狙撃能力を持ってしても決して容易くはない距離、ガルバスにとってもそれは同じだろう。


(私が森の中にいて狙いにくかったことはガルバスも承知だったはず。よほど自信があった? それとも——)


 それ以上考えている余裕はなかった。

 ブラウ・ローゼは片膝を立てていわゆる膝立ちニーリングの姿勢を取る。

 ティナは火器管制システムを通してプラズマ・カノンを射撃体勢に入らせる。

 空を向いていたプラズマ・カノンの銃口がゆっくりと九十度倒れ、敵を見定めた。

『イーグル・アイ』で補足しているガルバス機の位置は動かない。

 スラスターパックを交換しているのか。


(お前が私を殺すと言うのなら)


 狙撃には理由が必要だ。

 動機と言い換えてもいい。

 敵の命を刈り取るために、トリガーを絞る強い動機が。


(私は生きるために——お前を殺す)


 ティナは操縦桿に付属しているトリガーを引いた。


 ブレイズ・リアクターからのエネルギー供給と共に、プラズマ・カノンの銃口から青白い光が迸った。


 磁界、すなわちEフィールドによって維持されたプラズマは一条の矢となって1キロ先の森へと突っ込んだ。

 森の木々は瞬く間にえぐり取られていく。

 プラズマ砲は触れるもの全てを融解させる。

 つまり実弾による射撃と異なり、遮蔽物とは無関係に射線が確保されるのだ。


 狙いは完璧だった。


 しかし、


 プラズマ砲が対象に届こうかという直前、視界からガルバス機が消えた。


 ティナは声なき声を発し、息を呑む。


『イーグル・アイ』の拡大率を下げて周辺を探ると、そこには信じられない光景が映っていた。


 大空を背に、舞い上がるガルバス機。


 飛んでいる——? いや、


(滑空っ? そうか、トゥルビネは)


 トゥルビネの特徴の一つが脚部展開式の主翼とスラスターを利用した機動力だ。

 その副産物として空挺降下ができるほどの空中制御性を持っている。

 ガルバスはプラズマ・カノン発射のタイミングを完璧に読み、それを回避すべく跳躍、そして滑空して着地しようとしている。


 はっきりいって滅茶苦茶である。

 成功率が高いとは思えない戦法。

 まるで自殺志願者だ。


(でもあいつはやり遂げた。——ッ!)


 ガルバス機は森を抜けた先で着地するなり、再び狙撃してきた。


 スラスターパックが交換済みだということに驚きを隠せなかった。

 ティナの判断が一瞬遅れ、何の行動もできないまま、再び76ミリ狙撃砲が飛んでくる。


 操縦槽を狙った再びの狙撃。

 ぞくっとした悪寒が背筋を駆け巡った。


 だがガルバスの方もさすがに着地と同時の狙撃は万全とはいかなかったようだ。

 狙いは僅かに上方に逸れていて、ブラウ・ローゼの左肩——大盾に狙撃砲が直撃した。


「くっ……!」


 その衝撃はすさまじく、ショックアブソーバーを通してでさえ、操縦槽までもが震える。


 そして映像盤の風景がぐるりと回転したかと思うと、ブラウ・ローゼはもんどり打って地面に倒れた。


 三半規管の悲鳴を無視して、ティナは計器に目を走らせる。

 どこも異常は無い。

 損傷は軽微だろう。

 危なかった。

 当たったのが大盾でなければ、小さな従機などひとたまりもない。


 ガルバス機は再び跳躍して、森の中へと消えていった。


 ティナも素早くブラウ・ローゼの体勢を立て直し、森の奥深くに身を潜める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る