第5話 蒼薔薇の出立

 突然の暴力にさらされて呆然としていたモニカが、再び思い出したように泣き出す。

 ティナは銃をホルスターに戻し、モニカの乱れた髪を手で梳いてやった。

 モニカを抱きしめていたニウカも緊張が途切れたのか、ぽろぽろと涙を零している。


「ごめんね、怖い思いさせた」


「そっ……んな、ティナさんのせいじゃ……ないですっ……」


 ニウカはひっくひっくとしゃくりあげている。

 ティナは泣きじゃくる姉妹を慰めながら、じっと思考を巡らせた。


(英雄と讃えられたい? 手柄が欲しい? ううん、あいつは……ガルバスはそんな殊勝な奴じゃない。きっとあいつの狙いは——)


 ティナは顔を上げると、おもむろに椅子の背もたれにかけてあったコートに袖を通した。帽子を被り、クラリオンのガンスリングを肩にかけ直す。


「ティナさん、どこに行くんですか……?」


 不安そうなニウカの声に、ティナはゆっくりと振り返った。


「今から狙撃ポイントを探すわ。そこでナウマンの群れを待つ」


 するとニウカはもちろん、ダニタも目を丸くした。


「お待ちくだされ、ナウマン達が到着するまでまだ日はあります。それにこの時期に外で夜を越すなどとは……」


「そうです、今夜はうちに泊まっていってください」


「私には従機があるから心配しないで。操縦槽には高い機密性があるから、寒さもしのげる。万が一にも仕損じることのないように万全の体勢を取りたいの」


 ティナの意思が固いことを悟ったのだろう。

 ニウカはやにわに立ち上がると、台所へ赴き、しばらくして毛皮に包まれた荷物を持ってきた。


「ティナさん、今夜の夕食です。それからこの毛布も使ってください。きっと温かく過ごせると思います」


 茶色い毛で覆われたそれはナウマンの毛皮だ。

 ナウマンから取れる毛皮や牙はこの地方の特産品でもある。

 ティナはありがたくそれらを受け取った。


「またあの男が来たら、私はもう山に向かったと言って。できれば家に入れないで、すぐにそう言うの。いい?」


「は、はい……。ティナさん、もしかして競争、するんですか?」


「まさか」


 心配そうなニウカに、ティナは小さくかぶりを振ってみせた。


「私は首長からの依頼に基づいてナウマンを討伐する。それだけよ」


 そうしてティナは振り返ることなく、ダニタの家を後にした。

 集落を駆け巡る寒風の合間から、モニカの声が聞こえる。


「ティナお姉ちゃん、また戻って来てね、絶対よ!」


 舞い上がる雪煙で見えるかどうか定かではなかったが、ティナは肩越しに振り返り、小さく手を振った。

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