第3話「入沢アルミという肉食系」
「マネージャー、あたし……死にたいの」
「いきなりなんてことを言い出すんですか。これからレッスンに行くところなのに」
「だからなの。やる気が出ないの。なんであたし、カッターを常備していないんだろう」
「僕が取り上げたからです」
「マネージャー、寄り道して踏切のあるところに行ってみない?」
「却下です。時間が押しているんですから。そしてわざわざそんなところまで行くメリットがありません」
「踏切の音を聞いていると安心感があるの。ああ、いつでも死んでいいんだって思えるから」
「嫌な安心感ですね」
僕はつい、頭痛を覚えそうになった。
「ねぇ、マネぇ~ジャぁ~」
「甘えるように言ってもダメです。今日はアルミさんとミルキさんとで仕事をするんですから」
「ぶぅ」
フカミは自宅から持ってきたぬいぐるみ(黄色い熊)をぎゅっと抱き、バックミラー越しに僕を睨んできた。すねている子供みたいだが、こう見えて二十一歳なのでまだまだ通用すると思っているのかもしれない。
「仕事が終わったら、三人で遊びに行くんでしょう?」
「うん、ドーナツ食べに行くの」
「ならそれまでの我慢です。アルミさんもミルキさんもあなたのことを待っているはずですよ」
「天国で?」
「止めて下さい、縁起でもない」
どうしてこうフカミはいちいち死にまつわるようなワードが続々と出てくるのだろうか。ある意味才能があるのかもしれない。
僕は大通りから角を曲がり、撮影スタジオに向けてバンを走らせた。
〇
僕が担当しているグループは〈KIRAKIRA〉。
メンバーは三人。黒星フカミ、入沢アルミ、宙川ミルキ。
このグループは結成してから三年ほどで、アイドルグループとしてはまだまだ駆け出しだ。テレビに出てくるようなアイドルとは違って一般大衆への認知度はそこまでではないが、知る人ぞ知るという位置づけで異彩を放っている。
その主な理由として、フカミの存在が挙げられる。
フカミは背が低く、素の状態だとまだ十代の女の子として見られることもある。それをお姉さん的な存在としてカバーしているのがアルミとミルキという位置づけだ。
姉妹で例えればアルミが長女、ミルキが次女、フカミが末っ子というところか。それなのにフカミがリーダーというポジションにいるのは――ダンスや歌やトークが一番上手いということもあるが――ネガティブな末っ子という唯一無二の個性を持っているからだ。
もちろん、うつを抱えていることは公には発信していない。
ただ、なんとなく察しているファンもいるらしい。ファンレターの中に「フカミさんってうつなんですか?」という質問がいくつか届いているからだ。フカミが練習を休みがちであること、たまにイベントを欠席したり、あるいは登場するのが遅れたりすること。そういったことをSNSで発信することもあるため、その断片的な情報を複合して、導き出されたのが「フカミはうつなのでは?」という推測だ。
僕たち公式としてはそうだとは公言しにくい。
社長に公表してもいいのでは? という意見を申し出た者もいるそうだが、社長はうつに理解があるとは言いがたく、公表に難色を示している。うつであることを公にしたら、ファン離れするのではないかというのが社長の意見である。
僕としては打ち明けた方がいいのではないか、と思っている。
確かに一時はファン離れが起こるかもしれないが、フカミの魅力はしっかりファンに届いている。ステージに立つ彼女たちのパフォーマンスを見ればわかるはずだ。アルミだってミルキだってフカミに決して負けていない。それどころか、下手なアイドルよりも確かな実力があると僕は勝手に思っている。
だから彼女たちにはもっと力強く羽ばたいてもらいたい。
もちろん、彼女たちが最高のパフォーマンスを発揮できるように、しっかりとフォローをするつもりだ。
それがマネージャーというものだ。
「フカミ、おはよう」
「フカミっち、おはよ~……」
撮影スタジオにはアルミとミルキが先に着いていた。時間に正確なアルミは早朝にミルキを迎えに行ってくれているので、色々と助かっている。
「アルミさん、ミルキさん。おはようございます」
「アルミ~、ミルキ~」
顔を合わすなり、フカミが二人に甘えつく。よしよしと頭を撫でる二人を見ていると、本当にフカミたちは姉妹に見える。
「ドーナツ、食べに行きたい~」
「まだ午前中でしょ」
「タピる? またタピる?」
「ミルキ、昨日もタピったばかりでしょ。毎日飲んでばかりいると、体に悪影響よ」
「タピオカは健康にいいってどっかの番組で言ってたし」
「テレビの言うことばかり鵜呑みにしてはいけないわ」
三人が集まると、いつもアルミがツッコミ役に回る。二人がボケにボケまくるので、負担もなかなかのものだろう。なので、適当なところで僕が割り込みに入るという流れがすっかり定着している。
「はいはい、そこまでです。もう開始まで間がないので」
「ぶぅ」
「わかりました」
「つまんないのー」
フカミとミルキは不満顔で、控室へと向かう。
アルミは意味深に僕を見ていたので、「どうかしましたか?」と尋ねる。
「いえ、その……」
「なんでも遠慮なく仰って下さい。アルミさんにはいつも、損な役回りばかりさせてしまっているので」
「いえ、そんなことありません」
断言するように言う。
「私、フカミとミルキと話すのがとても大好きなんです。だから損だなんて思っていません。そうじゃなくて、私は……」
「私は?」
「……いえ、やっぱりなんでもありません。失礼します」
アルミはその場で回れ右をして、フカミたちの後に続いた。
僕は軽く人差し指で首を掻いた。あんな言い方をされては気になってしまう。
何かしらフォローが必要だなと思いつつ、現場のスタッフとの打ち合わせに向かった。
〇
「はーい、フカミちゃんこっち向いてー」
「あ、いいよいいよアルミちゃん。今の顔いいよー」
「おー、ミルキちゃん際どいねぇ。これでまたファンが増えるんじゃない?」
パシャパシャ、とシャッターを押す音とカメラマンの声がスタジオに響く。
フカミたち三人はそれぞれポーズを取り、カメラマンの掛け声に気を好くしたように笑顔を振りまいている。
「よし、フカミちゃん。ちょっと拗ねてみて!」
「ぶぅ」
「お、いいよいいよ! 今の感じいいよ! もう一発!」
「ぶぅぅ」
「よっしゃ、いいのが撮れた! 次、アルミちゃん!」
「はい」
「お、クールだねぇ、さすがお姉さん! ただ、もうちょっと元気が欲しいなぁ!」
「は、はーい!」
「よし、いいぞいいぞ! 最後はミルキちゃんだ! とびっきりの笑顔よろしく!」
「はぁ~い」
「よし、イイ感じ! 素敵だねぇ、とどめのもう一発!」
「はぁぁぁい!」
「おお、今のはいいぞ!」
という感じで撮影は順調に進み、最後は三人揃って撮影で終了した。
控室に入るなり、フカミとミルキがぐにゃあと椅子にもたれかかった。
「「疲れた~」」
「三人とも、お疲れさまです」
「お疲れさまです、マネージャー」
アルミが丁寧に頭を下げる。
「いえいえ、アルミさんもお疲れさまです。今日の撮影も良かったですよ。アルミさんのクールな魅力を引き出せたというか」
「いえ、それはカメラマンさんのおかげです」
そう言って控えめに笑う。
アルミはいつもこんな調子なのである。自分のことをひけらかさないというか、控えめというか。三人グループの長女という立場、自分を出しすぎないようにと戒めているのかもしれない。
僕は多少、不安になった。
アルミはもう少し、本心を出した方がいいのではないか。
ただ、それをフカミとミルキの前で言い出すのには抵抗があった。
「どうかしましたか、マネージャー? 難しい顔をして」
「あ、いえ。ちょっと気になることがあったもので」
「それは……なんでしょうか?」
「……ええと、そうですね。先ほどのカメラマンさんの言葉が気になりまして」
すると、アルミがさっと顔を暗くした。うつむき加減になり、「やっぱり」とつぶやく。
「私、もう少し元気を出した方がいいですか?」
「あ、いえ。本当にちょっとだけなんです。だからそこまで気にすることは……」
「そうだよー。アルミっちはちょっと真面目すぎるんだよー」
「あたしみたいに適当にやろうよー」
「あなたたちはもう少し真面目にやって下さい」
僕がすかさずツッコミを入れると、二人は揃って「ぶぅ」と声を上げた。とうとうミルキまで、フカミの真似をするようになってしまった。
「私、真面目すぎるのかな……」
アルミはすっかり落ち込んでいる。
年中同じようなテンションのフカミとはまた異なり、普段から生真面目な子が深刻になると、その悩みも深刻になりがちだ。
マネージャーとしてはその悩みに迅速に対応する必要がある。
「アルミさん」
「あ、いえ。大丈夫です」
「いえ、アルミさんとはかねてからきちんとお話したいと考えていました。なので、この後ちょっとよろしいですか?」
アルミは僕を見上げ――それからフカミとミルキを窺うように見た。二人とも無言でうなずいている。
「マネージャーがそうおっしゃるのなら……」
「では、ちょっとついてきて下さい。……フカミさん、ミルキさん。僕がいない間に何かしらあれば、すぐに呼んで下さいね」
「「はぁ~い」」
二人に後を託し、僕とアルミは控室から出た。
僕とアルミは休憩所まで赴く。アルミを適当なベンチに促し、僕は自動販売機の前に立った。
「アルミさん、何か飲みたいものはありますか?」
「ええと……なんでも大丈夫です」
「そう仰らず。なんでも好きなものを」
「じゃあ……ミルクティーを」
自動販売機からお茶とミルクティーを取り出し、アルミに手渡す。冬が近づいてきたこの時期、温かいものを愛おしむようにアルミは両手で持っていた。
僕はお茶を手に、アルミから少し離れて座る。
「それで、どうかしましたか?」
「どうか、と言われましても……」
「アルミさんは少し真面目すぎるところがあります。僕としてはそれがちょっと心配なんです。何かしら抱えているものがあれば、少しでも話してくれると嬉しいんです」
「…………」
「もちろん、話したくないのであれば無理にとは言いません。プライバシーの侵害に当たるようなことは、僕としてもしたくないので」
「……気を遣わせてしまって、申し訳ありません」
そう言うアルミの口調は重たげだった。
僕は聞き方を変えてみることにした。アルミに何かしら差し迫ったことがあって、それをあまり他の人に言いたくないのなら、簡単に答えられるものがいい。
「はい」か「いいえ」で答えられる質問――いわゆる、クローズドクエスチョンというやつだ。
「アルミさん。……今のお仕事は好きですか?」
「え? は、はい」
「フカミさんやミルキさんとは仲が良いですか?」
「それはもちろんです。マネージャーだって、毎日見ているじゃないですか」
うんうん、と僕はうなずいた。この調子で続けてみる。
「ご飯は食べられていますか?」
「はい」
「夜は眠れていますか?」
「問題ないです」
それがどうしたんだろうか、とアルミは怪訝そうにしている。
この辺りで、少し踏み込んでみよう。
「アルミさん、お肉は食べられてます?」
「えっ……いきなり何を!?」
「いえ、アルミさんの大好物はお肉ですので。お肉が食べられないと元気が出ない、と前に仰っていたもので」
「…………」
アルミは少し顔を背けた。耳まで赤くなっていることが僕の目からもはっきりと確認できた。
やがてアルミは深々と息を吐いた。
「実は、そうなんです……」
「そうなのですか」
「昨日、私としたことがお肉を買ってくるのを忘れちゃって。夜遅い時間だったからスーパーも開いてなくて……それでなんだか、調子が出ないんです」
「うーん、そうですか」
「でも、こんなくだらないことで心配かけさせるのも悪いなと思っちゃって、言えませんでした。それに……」
「それに?」
「えっとその、あの……だって、恥ずかしいじゃないですか。お肉が好きで、毎日三食は食べないと気が済まないアイドルだなんて……」
毎日三食は初めて聞いた。というか、胃もたれしないのだろうか。
アルミは余計に顔を真っ赤にしている。膝の上で細い手をぎゅっと握り込んでいる。本当に恥ずかしいらしい。
僕は「大丈夫ですよ」と声をかけた。
「アルミさんがお肉大好きなことは、みんなにも伝わっています。ファンの方々にもね。好きなものを好きだと言えることは恥ずかしいことではありませんし、むしろアルミさんの魅力を引き出せていると思いますよ」
「そう、ですかね……」
「ええ、そうですよ」
アルミは僕の顔を横目に見て、それから再びうつむいた。
「私、マネージャーに伝えないといけないことがあるんです」
「それはなんでしょうか?」
「……ヘッドハンティングされたんです。他の事務所から」
僕は驚きに目を見張った。これは予想だにしていなかった。
他の事務所から勧誘される、というのはないでもない。ただ、〈KIRAKIRA〉はまだ年月の浅いグループだ。三人とも確かな実力はあるが、まさかその内の一人がヘッドハンティングされるとは。
「それは、どうしてですか?」
「なんでも、同じようなキャラクターを持ったアイドルたちでグループを組みたいんだそうです。私はクール系って言われているらしく、それで……」
「なるほど」
あり得る話だ。ひと口にクール系といっても色々あるから、そういった人たちを集めて別のグループとの差別化を図ろうとしているのだろう。
しかし、マネージャーとしてこの話を聞き逃すわけにはいかない。
ただ、ここではきちんと聞いておかなくてはいけないことがある。
「アルミさん」
「は、はい」
「あなたはどうしたいですか?」
「え?」
今度はアルミが驚く番だった。てっきり、即座に却下されると思っていたのかもしれない。
僕は慎重に言葉を選んでから発した。
「ヘッドハンティングされるということは、アルミさんにそれだけの実力が備わっているということです。見込まれているんです。アルミさんならば別のグループに行ってもうまくやっていけるかもしれない。ただ、これはあくまでも僕の考えです。アルミさんの考えとしてはどうなのか、確認しておきたいんです」
「私は……だって、フカミとミルキが……」
「今だけは二人のこと考えないでおきましょう。僕はアルミさんの本心を尋ねているんです。あなたがどうしたいのかを聞いているんです」
アルミは手元のミルクティーに目を落とした。手でいじり、しばらく間を置いてから口を開く。
「やっぱり、嫌です」
「そうですか」
「私、今のグループが気に入っているんです。フカミもミルキも可愛い妹みたいで。三人で一緒にアイドルをやれるのが楽しいんです。これからも三人で活動していきたい。このグループでしかできないことをやっていきたい。まだまだ発展途上かもしれないけれど、だからこそ未知の可能性がたくさんあると思うんです」
「未知の可能性、ですか」
「私、貪欲なんです」
「ふむ。というと?」
「周囲からは大人びてるとか見られることが多いですけど……そんなんじゃないです。私、けっこうワガママなんです。欲しいものは何がなんでも手に入れたい。届かない場所にあるものとわかっていても、手を伸ばしたい。それはもっと上のステージとか、ファンからの応援やファンレターとか、フカミとミルキと一緒にいることで得られるものとか……とにかくたくさん、欲しいものがあるんです」
「へぇ……」
初耳だった。アルミがこんな風に思いを吐露してくれることも初めてだった。
やはり、アルミは真面目だ。
欲しいものを手に入れるためならば、どんな努力もいとわない。自分から勝ち取っていけるアイドルというのは、それだけで強い輝きを持っている。
「マネージャー、私……アイドルとして失格でしょうか?」
「そんなことはありません。むしろ、僕は嬉しく思っています」
「嬉しい?」
「アルミさんが今の気持ちを言ってくれたことがです。アルミさんから本心を聞けて、僕は安心して、そして頼もしく感じました。アルミさんならばきっとどんな欲しいものでも手に入ると、僕はそう思います」
「でも、私……」
「アルミさん。アイドルに、でもは禁句です」
僕は指を口につけ、なるべく優しく微笑んだ。
「あなたは……いや、あなたとフカミさんとミルキさんはファンに夢と感動を与えられる存在なんです。それはあなたが目指しているものと同じぐらい大切なことで、どちらも軽んじていいものではない。あなたの気持ちとあなたを支えているもの、どちらも欠けてはいけません。だから多少わがままでも貪欲でもいいんです。それがあなたをアイドルたらしめる要素なのです」
「…………」
「すみません、なんだか説教くさくなりましたね」
僕は首を軽く掻き、頭を下げた。
アルミは黙り込んでいたが――やがてミルクティーの蓋を開け、一気に飲み干してしまった。味わうというよりは胃に流し込むような感じだ。
僕がそれに驚いていると、アルミはぷはっと息を吐いた。
「なんだか、迷いが晴れました」
「そうですか?」
「ええ、自分でも何を悩んでいたのかなって思います。もっとシンプルに考えればよかった。フカミやミルキにも心配かけちゃったかもしれないし……」
「大丈夫ですよ、あの二人なら」
アルミは立ち上がり、僕をまっすぐに見据えた。
「今回の誘いは断ります」
「そうですか」
「私、フカミとミルキと一緒に今のグループでやっていきたいです」
「そうですか、わかりました」
「ありがとうございます、マネージャー。話を聞いてくれて」
深く深く頭を下げる。
「いえ」と僕はやんわりと手を振った。
「むしろ今の話を聞けてよかったです。僕の方こそ、ありがとうございます」
面を上げたアルミの顔は晴れやかだった。
「それじゃあ私、二人のところに戻ります」
「はい、行ってらっしゃい。僕も後から行きます」
アルミは空になったペットボトルをゴミ箱に入れ、二人の待つ控室に行こうとして――足を止める。僕に背を向けた状態で、アルミは言った。
「あの、マネージャー」
「はい、なんでしょうか?」
「私、実は……好きな人がいるんです」
「初耳です」
「でも、立場上それを言い出すことができなくて。今はできなくてもこれからはもしかしたら……」
「はい、そういうこともあり得ると思います」
「貪欲でも、いいですか?」
「ええ、それがアルミさんですから」
アルミは天井を見上げ、それから「わかりました」
「私、これからもアイドルとしてやっていきます。フカミとアルミと一緒に」
アルミは僕の返答を待たず、歩き出していった。
僕は乾いた喉をお茶で潤し、ベンチにもたれかかった。ひとつ吐息をつき、ごきごきと首を鳴らす。
「貪欲でもいい、か……」
アルミに向けた答えが正解なのかどうか、僕にはわからない。けれど、彼女の心配事がひとつ減ったので良しとするしかない。
それにしても――
「アルミさんの好きな人って、誰なんだろう?」
〇
翌日のレッスンでは、フカミもアルミもほぼパーフェクトにこなせていた。
それはコーチも舌を巻くほどで、アルミに「どうしたの?」と聞いた。
「いつもよりずいぶんできてるじゃない。笑顔も素敵だったわよ」
「ありがとうございます、コーチ」
「ほんと凄いなぁ、アルミっちは。あたしなんかまだまだだー」
ミルキはぺたんと腰に床をつけ、水を飲み干している。
「なんかいいことあったの~?」
「そうね、鹿児島産のお肉を食べられたからかしら?」
「あ、美味しそう」
「うらやましい~」
フカミはいつものごとく、某ぬいぐるみのようにあごを床につけて、四肢を大の字に広げている。
「あたしもお肉食べたい」
「あたしも~。ねぇ、マネージャー。みんなでお肉食べに行こうよ~」
「ダメです。この間行ったばかりでしょう」
「「ぶぅ」」
声のシンクロ率が上がってきている。これをもっとダンスに活かしてくれればいいのだがと思わなくもない。
僕はアルミに歩み寄り、「お疲れ様です」
「今日は調子がいいですね」
「ふふ。すっかり迷いが晴れましたから」
笑顔で答える。つい見とれてしまうほどの優しい表情だ。
「さぁ、フカミ。ミルキ。休憩が終わったらまた練習よ」
「「えー」」
「文句言わないの。私たち、もっとトップを目指していくんだから」
ミルキはこそっと、フカミに耳打ちした。
「なーんか、やる気出してない?」
「やる気なんて邪魔なだけなのに~」
「こらそこ、ひそひそ話なら聞こえないところでやってちょうだい」
ひえー、と声を揃える二人。
コーチが僕に近づき、「いい感じね」
「ええ、マネージャー冥利につきます」
「そうね。私としても指導のし甲斐があるわ」
「はは、お手柔らかに……」
休憩後、三人はまたレッスンに戻った。
さすがに今度はパーフェクトとはいかなかったが、それでもアルミの笑顔は輝いていた。
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