第肆幕 暗雲編
(弌)
それは、先に
趙武は、
趙武は、他の
「じゃ、俺行くぞ」
と言ったのだったが、
「お前は、行くな。最近、酒癖悪いから駄目だ」
と言われ、泣く泣く諦めていた。
雷厳は、酒好きという訳ではなかった。最近になってからだが、皆で集まって飲むと、皆が己の飲み方で酒を楽しんでいるのだが、雷厳は、元々酒量の多い趙武や、龍雲に合わせて飲み、限界を超えて騒ぎ人に絡むという失態を演じていた。
趙武や、龍雲はかなり飲んでもやや饒舌になり、明るくなる程度だった。それに対して、雷厳は、酔って騒ぎ一回は趙武に絡み、本気で怒った趙武に、失神させられていたのだった。その時、あまり飲まない陵乾が、冷静に、
「どんな強い人間でも急所つかれると、失神するんですね、勉強になりました」
と言いながら、その後の雷厳の面倒を見てあげていた。
翌日、皆に土下座して謝った雷厳だったが、また繰り返し、ついには、奥さんである
という訳で、今回の同行者になったのだった。
「流石に緊張しますね。超大国大岑帝国の皇帝陛下に
途中、数か所、宿に宿泊しつつの道中。宿での食事時、慈魏須文斗が、そんな事を言い始めた。それに対して、この前の風樓礼州王国攻略戦から、趙武に馴染んできて、趙武に対する呼称も変わった岑平が、
「そうですよね。超大国ですもんね〜。僕は、生まれてからは、一応父親でしか無かったし、まあ、母は結構辛い目にあったようですが、僕は違ったし、趙武さんは、緊張するような人間じゃないですし」
すると、趙武が反論する。
「ん? 僕だって、緊張するぞ岑平」
「いつですか?」
「う〜ん、そうだ。最近だったら、瀨李姉綾に結婚を申し込んだ時だ」
「ほ〜。それは、聞いてみたいですね〜。姫にですか。どんな感じだったんですか?」
と、慈魏須文斗。
「言うわけないでしょ、聞くなら瀨李姉綾から聞いて下さいよ。そうだ、陛下との謁見の話でしたね」
と強引に話を戻す趙武、そして、
「僕が最初に陛下と謁見したのは〜。そうだ、軍侯として、始めて戦場に立った時だ、今から9年前か」
「えっ、9年前に軍侯ですか? そして、今は、大将軍……。恐ろしい」
と、慈魏須文斗。岑平も、
「そうなんです。趙武さんは、常識では測れないんですよ」
そして、趙武の昔話が始まった。珍しく饒舌に語る趙武の話は、とても面白かったが、緊張のきの字も出てこない話に、参考にはならないなと思った、慈魏須文斗だった。
趙武達が、大岑帝国帝都、
皇宮、
「良く来た趙武。待っていたぞ。いよいよだ。趙武、心の準備は出来ているか?」
「心の準備とは、何でしょうか?」
岑英の問い掛けに、とぼけている訳ではなく、本気でわからなかった趙武が、聞き返す。
「ハハハ、相変わらずだな。趙武は。あれだ、
「はあ、かしこまりました。ですが、後継者は、陛下が決められる事で、我々が決めることではないと思いますが」
「そうだな。だが、余も思い悩んでいてな。不思議だが、健康な時は悩み等無い、と思っていたが、この体になると、いろいろ考えてしまってな」
「そうなのですか」
なら健康になって下さい。と口まで出かかった趙武だったが、岑英の体を見て思いとどまった。
「ハハハ、気に病むな。趙武は、これからの事だけを考えてくれ。そう言えば、結婚するんだったな。おめでとう。末永く幸せにな」
「はっ、ありがとうございます」
「うむ。そして、そちは、風樓礼州王国の……」
岑英は、視線を趙武の右斜め後ろに控えていた、慈魏須文斗に移すと声をかけた。
「はっ、この度上将軍になりました、慈魏須文斗であります」
「そうか、よろしく頼む。趙武を支え、励んでくれ」
「はっ、誠心誠意努めさせていただきます」
「うむ。で、風樓礼州王国の女王が趙武の結婚相手だったな。どのような女性だ?」
「はっ、姫、いえ、瀨李姉綾様は、やや天然……。いえ、天真爛漫ではありますが、素直で、優しい方です。必ずや、趙武様を支え、良い奥方になると思います」
「そうか。うむ。趙武」
「はっ」
「余が死ぬ前に会ってみたいな。今度連れて来てくれ」
「死ぬ前に等と……。しかし、必ずや連れて参ります」
「そうか。ありがとう」
そして、最後に岑英は、ゆっくりと岑平に視線を向ける。そして、
「岑平。顔つきが変わったな。前回会ってから、わずかな時しか経っていないが」
「はい、ありがとうございます。風樓礼州王国攻略戦で、父上と、趙武さんに褒めて頂き、それが、自信になりました」
「そうか。それは、良かった。だが、過信するなよ」
「それは、重々承知しております。父上や、趙武さんが、目の前にいれば、自分の才能など。ですが、それ故に自分の出来る事が見えた気もするのです」
岑平がそう言うと、岑英は、嬉しそうに笑う。
「そうか、そうか。ハハハ。うん、お前が、太子であってくれたら、と……。すまん、すまん、馬鹿な事を言った。許せ」
「はっ」
今の言葉は、岑英の本音だった気がした。そして、その言葉で、趙武は、太子のお披露目にさらなる不安を抱いたのだった。
岑英に挨拶をし、玉座の間から出る。護衛士から、剣を返され、腰に
そして、皇宮内を歩いていると、とある一室から深刻そうな顔つきで、出てきた呂鵬と凱炎を見かけた。趙武は、二人に声をかける。
「呂鵬大将軍、凱炎大将軍」
二人は、振り返り、凱炎の良く響く声が辺りに響く。
「おお! 趙武! お前も来ていたのか」
「はい、凱炎大将軍。今、陛下に謁見して下がってきたところです」
「相変わらずだな。大将軍は、やめろ。お前も大将軍なのだから。いや、下手したらそれ以上だろ。なあ、呂鵬殿」
凱炎に、声をかけられた呂鵬が、深く頷きながら答える。
「そうだろうな。趙武君は、今や20万の兵を率いる大将軍だからね」
「そうだぞ。言うなれば、大大将軍だ。ハハハハ!」
凱炎が笑う。こう見ると、凱炎と呂鵬の関係も昔のままのように見えた。そして、凱炎は、
「ところで、趙武。陛下は何か言われていたか?」
その瞬間、呂鵬の目つきが鋭くなるが、気がつかないふりをしつつ趙武は、答える。ただし、太子のお披露目で、自分なりの後継者を決めろという話は、抜きにして。
「そうですね。結婚をおめでとうと言われましたし、瀨李姉綾さんに会いたいとも言われました」
「そうか。陛下は、結婚式には出られんからな。会わせてさしあげろ。他にはあるか?」
「後は」
趙武は、後ろを振り返り、慈魏須文斗に視線を向ける。
「こちらは、風樓礼州王国の元将軍で、今は、僕の配下の上将軍の慈魏須文斗さんです」
すると、慈魏須文斗は、一歩前に出て、
「慈魏須文斗と申します。以後お見知りおきを」
「うむ。凱炎だ。一応大将軍をやっている」
「凱炎殿。一応とは何だ、一応とは。わたしは、呂鵬だ。同じく大将軍で、趙武の所にいる、呂亜の父親だ」
「おお呂亜殿の。呂亜殿には、大変お世話になっております」
と話がそれそうになったのだが、凱炎が口を挟む。
「それで、趙武。慈魏須文斗殿がどうしたんだ?」
「ええと。陛下に慈魏須文斗さんを紹介して、後は慈魏須文斗さんが瀨李姉綾さんがどんな人か聞かれてました。ねえ、慈魏須文斗さん」
「はい」
さらに趙武は、慈魏須文斗とは、反対側の後ろを向く。
「後は」
岑平が一歩前に出て、頭を下げる。
「呂鵬様、凱炎様、お久しぶりです。岑平です」
「ああ、久しぶりだな」
凱炎は、あっさりと、そして、呂鵬は、
「お久しぶりです、岑平様。それで、岑平様が何か?」
「はい。父上に顔つきが変わったと言われました。それが、謁見での会話の全てです」
「そうですか。わかりました。だそうです凱炎殿」
呂鵬が凱炎の方を向いて、声をかける。
「うむ。わかった。そうか、なら良いが」
何か微妙な空気が漂う。すると、凱炎がその空気を振り払うように声を上げる。
「そう言えば、趙武」
「はい」
「呂鵬殿は、この大京に屋敷を貰ったんだそうだ。これから、お邪魔するんだが、一緒にどうだ?」
趙武は、呂鵬の方に問いかける。
「僕も、御一緒しても良いのですか?」
呂鵬は、少し考えつつ返答する。
「ああ趙武君なら、大歓迎だよ。そうだね。その方が良いかもしれない」
趙武は、慈魏須文斗、岑平と別れ、そのまま凱炎と共に呂鵬の屋敷に向かう。そして、どんな話をするのかと身構えた趙武だったが、話は。かつての戦いでのお互いの武勇伝の話を中心に盛り上がった。三人は、酒を飲みつつ笑い合い、盛況のうちに幕を閉じた。そして、凱炎と共に呂鵬の屋敷を辞すと、
「じゃ、またな趙武」
凱炎は、少しふらつきながら、別れ歩き出す。すると、何処からともなく、凱炎を護衛する為に兵士が現れる。隊長らしき男が、趙武に向かい頭を下がる。そして、周囲を取り囲み、帰っていった。
趙武は、凱炎には護衛いらないだろうと思いながら見つつ、その護衛兵の数の多さに不安を覚えた。趙武の知らない何かが始まろうとしているのかもしれない。
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