趙武記

刃口呑龍(はぐちどんりゅう)

序幕

「完勝ですな」


 小高い丘に数名の護衛の兵を従えた、立派な鎧を着た二人の男がたたずみ。そのうちの一人が眼下に繰り広げられた光景を眺めつつ呟く。


 広大な草原が広がり戦場として最適に見える。そして、遠くに悠々と流れる大河が見え、その大河には、何千艘なんぜんそうもの軍船が停泊しているのも見えた。


 つい先程まで、大軍同士の戦いが行われていたが、今は、一方の軍が逃げていく軍を一方的に追いたてている。逃げている方はどうやらその軍船に向かっているようだ。


「うむ。そうだな」


「となると、次の大将軍は奴と言う事で」


「うむ」


 短く返答しつつ、もう一人の男は頭の中で考えを巡らせる。年の頃はすでに70歳位であろうか、日焼けしやや皺の刻まれた顔そして、白い髪が見える。ただ、鎧の上からでもわかる逞しい肉体が歴戦の将軍であることがうかがわせられた。


 これで、先の敗戦からの復興とは言えないが、大将軍が再び8人揃い、体裁は整った。陛下もお喜びになろう。陛下と言えば最近の体調不良が、心配だ。何も無ければ良いが。あの男、確か趙武チョウブと言ったか、役にたってくれると良いが。



王正オウセイ帰るぞ! 陛下に報告だ」


「おお!」





「勝ったな」


「はい。ですね」


 馬上から遠く逃げていく軍を目で追いつつ、二人の男が話す。二人とも立派な鎧を着て、軍の中では上位の人間であることがわかる。


 一人は、銀髪に碧眼へきがん。日には焼けているが、やや肌も白い。涼しげな切れ長の目、整った顔立ちなかなかの美丈夫だ。もう一人は、黒髪に黒い眼そして日に焼けて赤銅色に見える肌。引き締まった顔立ちのこちらもなかなかの男前だ。



「ああ、そう言えば追撃はほどほどにって、伝えておいてください。誰が行ってます?」


「おいおいお前の方が上位なんだから敬語はやめろよ」


「ですが呂亜ロアさんは、一応先輩ですし」


「一応って何なんだ、一応って。まあ、良いや。龍雲リュウウン至恩シオンそして、雷厳ライゲンだな」


「そうですか。まあ龍雲は飽きたら戻ってくるから良いとして、意外と頭良いくせに興奮すると見境つかなくなっちゃう至恩と、戦闘狂の雷厳にはちゃんと使いだしてください」


「ハハハ、わかりました」


 笑いながら呂亜と呼ばれた男が、一人走り去る。



 そして、残された銀髪の男が一人ブツブツと呟く。


「さて、勝ったけどそうすると如親ジョシン王国軍も耀勝ヨウショウが復権して軍を率いるから、これ以上は無理だろうな。ということは、引きどころだけど、凱炎ガイエン大将軍は、言うことを聞いてくれるかな? あの人迫力半端ないんだよな〜。嫌だな〜。ああ、面倒くさい」




「趙武様。誰かに聞かれたらどうするんですか。やめてください。独り言は」



 その時、今度は、後方から鎧を着ずに文官なのであろうか着物姿の男が、馬に跨り近づいてきた。僧侶なのか頭髪はなくて、もじゃもじゃに、はえた黒い髭が目立つ。顔立ちは整っているが、目だけがくりっとしていて愛嬌のある顔立ちだ。



會清カイセイか。大丈夫だよ。一応武人だから気配は読めるよ」


「ということは、私が近づいていることをわかっていて、言ったのですか。と言うことは……」


「うん、凱炎大将軍の所、行って来て。會清だけが頼りだから。こう、いつものやつで、上手く言いくるめてよ」


「はあ。言いくるめてよって。私は詐欺師ではないんですがね。ですが、それが仕事ですし。わかりました。行ってまいります」


 そう言いながら、會清と呼ばれた男は馬首を巡らし、走り去った。




 完全に一人になると趙武と呼ばれた男は、周辺でひざまずきながら、静かに待機していた自分、麾下きかの軍に声をかける。


勝鬨かちどきをあげろ! 我が軍の勝利だ!」


 すると、それまで物音一つたてなかった大勢の兵が一斉に立ち上がり、勝鬨を上げる。命令を受けるまで静寂を全うし、その後の一糸乱れぬ動きがこの軍の統率の取れた強さをかもし出していた。敵から見たらなんとも不気味な光景だろう。


「エイエイオー! エイエイオー!」


 数万にも及ぶ兵達の大声が空気を震わせ、草原を駆け巡る。





「趙武。今の兵力に更に5万の兵を加え10万とし、大将軍に任ず」


「はっ。有難き幸せ謹しんでお受け致します」


「これからもの刃となり励めよ」


「はっ。この趙武、陛下の御為おんため粉骨砕身ふんこつさいしん働きます」


「うむ」



 大岑ダイシン帝国皇宮玉座の間にて、趙武の大将軍就任の儀が行われた。


 趙武は、跪き玉座に座る皇帝を見上げつつ、左右をちらりと見る。左手には丞相、斎真サイシンを筆頭に文官百官が並び、右手には7人の大将軍を筆頭に武官が並ぶ。大将軍が並ぶ列、そこに今後趙武も最年少にて、並ぶこととなる。


 一時の静寂が訪れた時、玉座から皇帝、岑英シンエイが声を発する。


「これで再び大将軍が8人に戻ることになる。先の敗戦から5年か」


 これは、どう答えれば良いのか? 更にこれは自分に対する問いかけなのか? と、趙武が考えていると、筆頭大将軍である白髪の武人、名前は、確か興魏コウギが声を発する。


「陛下我らが不甲斐ないばかりに、申し訳ありません」


「いや、の体調が万全ならば余、自ら戦陣に立ちこの地の統一も可能だったであろうが」


「はい、おおせの通りでありましょう」



 この地とは、大岑帝国が存在する。カナン平原の事である。カナン平原は、このムーア大陸中央から東部にかけて広がる大平原である。


 ムーア大陸は海岸線の凹凸はあるもののやや縦長の四角形をしていると言われている。その西からおよそ1/4にアトラス断崖と呼ばれる高低差200mにも及ぶズレがあり。カナン平原から見ると大きな壁のようになっていた。


 北1/4にはユレシア大山脈があり北部と遮断していて、南部1/4は猛烈な暑さであり、熱帯雨林や砂漠が広がっていた。それらに囲まれた比較的豊かな地がカナン平原であった。


 カナン平原には2本の大河が流れ、北河ホクガ南河ナンガと呼ばれている。


 北河は、ユレシア大山脈のアトラス断崖近郊に流れを発し、ユレシア大山脈の麓を東に流れ、途中南東に流れを変えると、カナン平原東端中央部のロンホイ湾北端から海に流れ込む。


 南河はアトラス断崖を越えた先、ムーア大陸南東部に端を発し、アトラス断崖でアトラス大滝となり、流れを東北東に変えると、ロンホイ湾南端から海へ流れ込む。この南河北岸の中央部付近に大岑帝国帝都、大京ダイキョウがある。



 そして、大岑帝国から北河を挟んで北東にあるのが如親王国、南河を南東に越えた先にあるのが、大岑帝国に対しては同盟を組んで対抗している、東方諸国同盟である。カナン平原に残っている国は以上であった。



 大岑帝国は、元々アトラス断崖とユレシア大山脈と接するカナン平原北西部。現在は西京セイキョウと呼ばれる地から始まった。約200年かけて徐々に拡大し、そして近年急速に拡大し、現在の広大な国となったのだ。



 大岑帝国の発祥の地、西京。ここはアトラス断崖に作られた登り口を登って交易する人々や、逆にアトラス断崖を降りてくる人々の宿泊地でもあり、大交易拠点であった。西京には、アトラス断崖越えた先に住む銀髪碧眼の民と、元々カナン平原に住む黒髪黒眼の人々両方、更にその混血の人々が住んでいた。




 そして、この物語もこの西京から始まる。

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