26にちめ「生徒会長と副会長」
「ええっ!? 八束君が!?」
「教頭の車を走らせて、そのままドボン……まったく、何をやってるんだか」
生徒会室にて。とある噂を耳にした途端、生徒会長の椋浦穂積はぎょっと跳び上がった。それから不安そうに眉間を曇らせる。
「それで……八束君は無事なの?」
「心配なら顔を見にいきなさいよ。向こう一週間は停学らしいから、家に行けば会えるんじゃない?」
「それは……やめとく。私が行っても迷惑なだけだろうし」
穂積は目を伏せると腰を下ろした。そのまま黙り込んでしまう。
そんな彼女を呆れ眼で見るのは副会長、二階堂千晴だ。
「またそうやって意地を張って」
「意地なんて張ってないもん」
「この前もそうだったわよね。鮎沢が入院した時。あの時も結局行かなかったじゃない」
「あの時はただ『私にお見舞いをする資格はないんだろうな』って思ったから、それで……」
肩と一緒に声まで窄んでいく。
千晴が「まったくもう……」と首を振る。
「そういえば鮎沢も似たようなことを言ってたかしら」
「え?……八束君に会ったの?」
「この前、購買部でばったりね。私が『今からでも理数科に移ったら?』って誘ったら『穂積が気まずく思うだろうから遠慮しとく』だって。あなたたちって似た者同士よね。お互い変に気を遣っちゃうところが特に」
手前の廊下を、カップルと思しき楽しげな会話が横切った。放課後になってから、ずいぶん経つだろう。
「あなたたちなら今からだって、十分やり直せるんじゃない?」
「やり直すなんて……もういいの。八束君が言ってくれたみたいに親友でいられれば、それで満足だから」
「それって、この前のホワイトデーの話?」
「うん。バレンタインのお返しをした時に、言ってくれたんだ。『これからは親友でいよう』って。だからいいの」
「ふーん……でも、そんな悠長なことを言ってると、そのうち他の誰かに取られちゃうわよ?」
「そうだよね……八束君はかっこいいもん」
「まあ悪いやつじゃないのは確かか……穂積はそれでいいの?」
「……うん。親友なら素直に祝福してあげるべきじゃないかな」
また廊下の足音が近づく。
「それにどうしようもないでしょ? 私から別れを切り出しておいて、今さら『やり直そう』なんて言えるはずないもん」
「そうかしら? 鮎沢だったら、そういうのは気にしないと思うけど」
「だとしても虫がよすぎるよ」
ここでドアの向こうから、きな粉のような色の長身マッシュルームが顔を出した。カバンを肩に掛ける彼女はどうしたのか、見るからにむすっとしているだろう。
「穂積ちゃん聞いた~? 鮎沢のやつに新しい彼女が出来たんだって~」
その瞬間――、
「…………え?」
黒曜石のような瞳が強張った。
千晴は「あらら、一足遅かったわね」と表情の乏しい声で言うと、マッシュルームが座れるよう、テーブルのプリント類を一つにまとめた。
「なんかね、さっき小耳に挟んだんだけど、最近鮎沢が普通科の子と付き合いはじめたらしいの。しかも相手の子がつくのんらしくて――ほら陸上の。まったく酷い話だよね。穂積ちゃんを振っておきながら、もう別の子に乗り換えちゃうんだもん。別れて正解だよ、あんなやつ」
マッシュルームはカバンから筆箱を取り出していたから、気が付かなかったのだろう。『新しい彼女が出来た』の発言から穂積の表情がひどく強張っていることに。
穂積は譫言のように相槌を打つ。その耳には、もはや何の言葉も届いていないだろう。
「そっか……そうなんだ……」
八束の親友は笑おうとしているようだが、出来上がった表情は、笑顔には程遠いものだった。
ストーカー系女子の飼育日記 芝崎 @sibasaki
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