私は視野が狭くて、なおかつ臆病
「ああああああああああああ!!」
拳を布団に何度も何度も叩きつける。深夜なのもお構いなしに枕に顔を埋めて絶叫を繰り返す。
「馬鹿ああああ!!」
涙も出てきた。今すぐにでも暴れたい。暴れても物足りないだろうから、どこか遠くへ行ってしまいたい。
「馬鹿なの? はっず! 恥ずかしい! あああ!」
ライブの一件があった後、授業毎の会話がぐっと増えた。アイドルの事だけでなく、好きな漫画とか、好きな音楽とか、気になったものを共有しあったり……。
他の女子の友達並みに話す時が増えていったような気がした。
私から話しかける場合と、瀬尾君から話しかける場合と半々なのが対等という感じで余計に気兼ねをしなくて済んでいた。
「ああぁ……無自覚? 嘘でしょ……そんなことある?」
二年生のうちは毎時間の授業の度に肩をそろえて取り留めのない事まで話していたが、三年になると講座も変わって、会話の機会も減ってしまった。だがその分、RINEでのやりとりが増えた。
その過程のどこかで、『さん』呼びはやめて呼び捨てでも平気だと言った気がする。
そんな感じで、あくまでも高校に入って初めてできた男友達、友達のように思っていた。
「殺したい。今までの自分を斧でたたき割って殺したい」
──遠足、修学旅行、文化祭、体育祭……エトセトラエトセトラ……。思えばこの二年間の高校生活、友人といる時、そして一人でいる時以外は大体瀬尾君が────一緒にいた。隣にいたのだ。思い出されるこの二年間の記憶が私に暴力を振るう。その度に、二度と誰にも顔を見せられないと思ってしまうくらい、顔が赤く茹で上がっていく。「あぁ……」とうめき声が漏れて死んでしまいたくなる。
私は涙目になって枕を投げた。思いっきり肩を回しての全力投球だ。直線に飛んだ枕は部屋の扉に当たった。深夜に出してはいけない音が出て、ひび割れたスマホの上に覆いかぶさる。
枕ごとスマホが震えた。恐らく母からの苦情だ。だが、そんなことは知ったことではない。そんなのに構っているほど今の私に余裕はない。
壁に頭を擦り付けて、口を開けると言葉が、蛇口の壊れた水道のように漏れ出した。
「私多分」
「ずっと前から」
「瀬尾君の事」
「好きだったのかも、しれない」
脳みそが沸騰する心地がする。バタバタと足をもがき回して、恥ずかしさを誤魔化したかった。誤魔化せなかった。
「はぁ……はぁ……」
心と体の堰が決壊して、のたうち回ったら幾分楽になった気がした。
同時に、とても苦しい。
苦しくて胸がざわついて、落ち着かない。世界の端っこでうずくまってふて寝したい。
真っ暗な部屋では、時間の進みがはっきりしない。今、何時だろう。スマホは無い上に、この暗闇では壁掛けの時計も見えない。
いつから好きだったんだろう。死にたくなりそうになりながらも再び記憶を詳らかに掘り返す。
文化祭で、体育祭で、修学旅行で関わっていくうちに好きになっていたのかもしれない。
普段のやり取りを重ねてくうちに好きになったのかもしれない。
あのライブの帰り、一緒に帰ったあの時から好きだったのかもしれない。
もしかすると、初めの授業の時点で気になっていたのかもしれない。今となっては分からない。
「無自覚……違うか」
最早、男子との交際経験がなかったとか、人に嫌われたくないがために一歩引きながら接してきたとか、そういうので誤魔化せるレベルの話ではない。
秘めたる恋心、そんな綺麗で甘酸っぱいモノだったらどんなに良かったことだろう。そんなに瑞々しいものではない。
むしろ、違和感が凄まじくて気持ち悪い。
「コクハク……したい、かなぁ?」
恋心に気づいて、次にする事と言うとそれが思い浮かぶ。
だが、二つ大きな問題がのしかかる。
一つ、瀬尾君に既に恋人がいるかもしれないという事。それによって拒絶されるかもしれない事。
そしてもう一つ、私にとっては数日前に無関係になったもの。でも、瀬尾君にとっては一か月を切りいよいよ大詰めを迎えているもの。
「瀬尾君……みんな受験だから」
まさかこの時期に勉強の妨げになるような浮ついた事を持ち込むなんて非道に似た真似を出来るはずもない。
「こんだけやりとりして、今更って感じもあるけど」
日付変わるくらいの時間まで予備校に籠りきりなくらいだ。その苦労は計り知れない。
「絶対、迷惑になるようなことはしたくない」
だから、せめて瀬尾君の受験が終わるまでは隠し通さなくてはいけない。
「……寝よう」
この気持ちは誰にも、何処にも出すことがないようにしなくては。
初めてのことだらけで、何一つ自信がない。
私は理性的で、考えなしで、臆病だ。
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