推しが見たけりゃ壁になれ!

蒼樹里緒

01

 私服姿のかわいい女子高生二人が、俺の目の前で今まさに生クリーム超絶山盛りパンケーキを食べようとしていた。だが、俺の姿はこの個室にはない。

 俺の存在そのものが、オシャレなカフェのテーブルで向かい合う二人を見守る〈〉になっているからだ。

 黒いセミロングの髪を肩からさらりと流して、女子高生の一人――怜佳れいかがもう一人に微苦笑した。

「久々に部活のない休みの日だからって、急に誘っちゃってごめんね、結実子ゆみこ

「謝んなくていいよ。わたしも、このカフェ面白そうだと思ったし。〈生クリーム超絶山盛りパンケーキを完食しないと出られない部屋〉なんてなかなかないもんね」

「うん」

 緩い内巻き気味の短い茶髪をふわっと揺らし、結実子が明るく笑う。

「それに、文化祭の打ち上げがしたいって、怜佳が言ったんじゃん」

「そうだけど、今日一緒に行ってくれるとは思わなかったから」

「すんなり予約できてよかったよね。この時間帯だけたまたま空いてたのかな」

 レースカーテン越しに射す午後の陽射しが、女子二人の楽しそうな横顔をもっと華やかに照らし出す。

 ――生きててよかった……!

 二十数年の短い人生を、俺はこの時のために生きてきたといっても過言じゃない。

〈生クリーム超絶山盛りパンケーキを完食しないと出られない部屋〉が若い女子の間で話題になっている店。洋菓子が好きな結実子にはぴったりだ。

 とある女子高の廃部寸前の演劇部を舞台にしたガールズラブアニメ〈ショーゲキジョー!〉。怜佳と結実子はそのメインヒロインたちであり、俺の〈推し〉だ。廃部を回避するため、退部していった一部の上級生や卒業生たちの妨害をくぐり抜けながら、新入部員を迎え入れて文化祭公演も大成功を収めた。人生で最高の芝居ができた――とそれぞれ胸を張って。

 しゃれたクロスのかかったテーブルには、分厚いふかふかのパンケーキが、大皿の玉座にどーんとふんぞり返っていた。甘ったるい匂いを放つメイプルシロップがけの生クリームが、王冠みたいにこれでもかと山盛りになっている。二人でちょっと身体を前に倒せば、互いの顔が見えなくなるほどだ。

 両手でそっと大皿の端をつかみ、パンケーキの幅を確かめた結実子が、たははと苦笑いする。

「ハンガー照明を抱えるくらいの幅はあるかなぁ」

「あたしもまさかここまで大きいとは思わなかった。食べ切れなかったらごめん」

「だ、だいじょうぶだよ! 怜佳がせっかく選んでくれたお店だし、パンケーキもおいしそうだし、ドリンクもあるし、なんとかなるっ」

「制限時間は一時間。だいぶ余裕があるし、焦らないでゆっくり食べよう」

「うん」

 よし、とナイフとフォークを両手で握りしめ、結実子はパンケーキにナイフをそっと刺した。台本を黙読するときと同じくらい、真剣な眼差しで。


   ◎


 事の発端は、十分くらい前だった。

 冷房の風で程よく冷やされた大学の実験室は、真夏の陽射しを浴びた身体にはまさにオアシスだった。

「おぉ、よく来たな」

 へとへとになりながらたどり着いた俺を、五十代の大学教授が満面の笑みで迎えた。

「おはようございます……。なんですか、教授。夏休み中にいきなり呼び出して」

「はっはっは、聞いて驚け。ついに例の装置が完成したんだ」

「マジっすか!」

 猛暑のだるさが、朗報で一気に吹っ飛んだ。

「ほかのゼミメンバーにも声をかけてみたんだが、今日来られるのは君だけでな。ぜひ装置のモニターになってくれ」

「そういうことなら、お安い御用ですよ。どーんと任せてください!」

「うん、君ならそう言ってくれると信じてたよ」

 学生の間じゃ、教授はマッドサイエンティストって噂も流れていたが、普段ゼミや講義で関わっていても全然そんな感じはしない。最先端技術で俺の推しキャラたちの何気ないひとときを再現してくれるなんて、むしろ大天才だし尊敬する。

 実験室には、SF作品に出てくる冷凍睡眠コールドスリープ用みたいな細長いカプセルが置かれていた。

「じゃあ、靴を脱いでこのカプセルの中で仰向けになってくれ」

「はいっ」

 指示通りにして、俺はわくわくしながら目を閉じた。推したちのいる幸せな光景を想像して。

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