6−3「現場検証と不測の事態」

 死体を見つけた後、【銀鴉】は全員に動かないように指示を出し、館の人間の名前を一通りチェックすると現場検証をし始めた。


「…では、状況を整理しましょう。この死体を最初に発見したのは?」

 

 【銀鴉】の言葉にメイドの大沢つぐみが、おずおずと手を挙げる。


「私が執事の筒井富美雄とみおさんに頼まれて部屋に行きました。筒井さんは旦那様を呼ぶ直前になって、夕食に出すワインの数が合わないと気づき、鍵を持つ弟の斗司夫としおさんと一緒に地下にあるワインセラーへと向かったんです。でもノックしても返事がなくて全員で扉を開けてもらったら…旦那様が」


 言葉を詰まらせるつぐみさんに【制服の根津】が首をかしげる。


「そういえば、執事が来ていないな。誰か見た人間は?」


 館の人間は顔を見合わせて首を振る。


「誰かワインセラーに向かった方が良さそうね。どなたか【根津】さんと一緒に付いていってくださらない?」

 

 【バランスボールの大亜奈ダイアナ】の言葉に医者の葛城竜司たつじが手を挙げる。


「では、ここは弟の統治とうじに任せて私が行きます」


 二人が階下へ降りていく足音を聞きながら私は書斎の中を見る。


 …まいった、暇でしょうがない。


 事件の真相は怪獣の仕業で決まりだし、周りばかりが盛り上がっているので、迂闊な口出しもできない。みれば、書斎の本のラインナップも推理ものが多く、死んだ当主もなかなかサスペンス好きなんだなあと妙なことに感心してしまう。


 ちなみにどうして人死にが出たのに私がこんなに余裕ぶっているのかというと小声で話す【師匠】に言わせれば当主はあくまで『仮死状態』とのこと。


『おそらく生えているのは怪獣の菌糸と見て間違いない。この手の【寄生型】は宿主を殺しはしないが仮死状態にして長期間かけて栄養を吸い取る傾向にある。しかも本体を叩かないと引き剥がすことが難しくてな、時間がかかるという点ではかなり厄介なタイプだ』


 …つまり、探偵に拘束されている今の状態では、本体を探しに行こうにも動くことができず手も足も出せないということだ。


「くそ、下のワインセラーで執事2人が死んでやがる」


 2階に戻ると悔しそうに壁を叩く【根津】に【銀鴉】は「ふむ」と言った。


「…これは内部犯の線も出てきましたね。館の当主に接触でき、かつ筒井兄弟がワインセラーに行ったことを知っているのは…大沢つぐみさん貴方だけだ」


 すると妹のめぐみが顔を真っ赤にして「お姉ちゃんは、そんなことする人じゃありません!」と声を荒げる。


「ワインの残り本数でしたら私も耳にしましたし、コックの蓮兄弟も知っているはずです、それにこの書斎を管理しているのは…」


 そう言って急に口を閉ざすめぐみさんに「そうだね」と突然続ける東雲会長。


「容疑者は館の人間に絞られたようだし、この先は有能な探偵さん達に任せて、私たちは部屋に戻っても良いかな?足が痛くてなあ…なあ、ことみ」


 ポメラニアンのような目をクリクリさせ、私に目配せする東雲会長。


 私もとっさに「ゴメンナサイ…お爺様。私も死体なんて初めてで」とハンカチで大げさに口元を抑えてみせる。


 そこにメイドの大沢めぐみが駆けつけ「申し訳ありません。お二方のお部屋はこちらでございます」と現場から離れた寝室へと案内された。


「…あの、フォロー済みません。会長」


 メイドが立ち去ったことを確認すると、私は会長に頭を下げた。

 対して会長は「なあに、この程度」とフォッフォと笑う。

 

「サクちゃんの若い頃はもっとひどかったからねえ。とある山荘で、似たような事件が起こったんだが、あの時には緊張のあまり付き合いの酒を飲みすぎて義理の弟の演技がまともにできずにトイレに駆け込んでなぁ…」


『ハルさん、すまない。その話はまた今度に』


 スマートフォン越しにさえぎる【師匠】に会長は「いや、懐かしい」と遮る。


「サクちゃんを最初に見た時は正義の味方気取りの熱血貧乏青年だったからね。あの時には確か、チューリップハットにギターを持って…ラブ&ピースとか叫んでいなかったっけ?」


 途端に慌て出す【師匠】。


『いや、あの時は初めて【弟子】になって浮かれていたというか…ハルさんだって怪獣に襲われる直前まで女優のアパートのポストを開けて書類を探っていたじゃないか、あれは犯罪じゃあないのか?』


 ぶんぶんと首をふる会長。


「違う、違う!あれはお布施として請求書を払ってあげていたんだ。ちゃんと、確定申告前に領収書も送り返していたから良心的だったぞ!」


 ギャンギャン言い合う二人の話をかいつまむと、会長は幼少時から厳しい英才教育を受けていたものの、経営者としての才能が無いことに悩んでいたらしく、こじれた青春の代償として女優の追っかけ中に怪獣と遭遇し【師匠】に助けられた恩で資金援助も含めた付き合いが始まったということであった。


「幸い、俺よりも優れた野心家はたくさんいるし、親父の実績のおかげで有能な人間はたくさん集まるからな。俺の名前だけ売って他の人間に仕事をさせた方が効率は良いに決まっている」


『ハルさんは昔からそうだよなあ、影の総帥になりたいとか言っていたもの』


 今やスマートフォンは机に置かれ、のんべんだらりと2人は話す。


 ソファに座る私はやや手持ち無沙汰になっていたが…その時、部屋の端にあるロウソクから粉のようなものがパラパラと落ちていることに気がついた。


「あの【師匠】…上に何か」


『…いかん!2人ともハンカチで口元を押さえろ』


 同時にスマートフォンから渦巻くような空気が流れ出す。


『胞子だな…先週の怪獣から得た風の機能で吸い込まないように対流を作った。あのロウソクが胞子を出す本体だ!』


 【師匠】の声に私はスマートフォンをロウソクに向けるも燭台の足からさらに細い足が2本生え出し、燭台は下に飛び降りドアの隙間から逃げ出してしまう。


『急いで追うんだ…!』

 

 私は会長を連れ外へと出るが…目の前の光景に息を飲んだ。

 

 白っぽい煙の充満した廊下、その先に数人の男女が倒れている。

 それは、この館の使用人と【制服の根津ねず】の姿。

 

 彼らの胸には旗の形をしたキノコ…その柄の部分だけが残されていた。

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