6−2「孤島に行かざるをえない」

『…む、次の出現ポイントはちと厄介だなあ』

 

 春先の公園を散歩中、位置情報は正確だが時間帯はまちまちな【怪獣予報】が届くと【師匠】は困ったような声を上げた。


『離島だが個人の所有地で別荘付か。これは入るのに手順がいりそうだ…悪いが2、3件連絡するのに少し時間をもらうぞ。昼ぐらいにまた連絡する』


 そうして、ちょうどお昼の時間。

 【師匠】は再び連絡を寄越してきたが…


「あの…なんですか?これ」


 私名義でアパートに届いたのはブランド物のパンツスーツと鞄。

 転送先の支部お抱えの店でエステとメイクも予約したと【師匠】は言った。


『離島を所有する縒白よりしろ家は、月に1度有名人や著名人を集めて会食を行うことが習慣になっている。今回はお前さんを財団の代表者である東雲グループの会長の孫娘としてねじ込んだ…現地に向かい怪獣を見つけてくれ』


「…え?財団の代表者って【師匠】じゃないの?」


 私の質問に【師匠】は『俺はあくまで創設者であって出資者じゃないからな』と答える。


『大財閥である東雲グループの会長と俺は旧知の中でな。そいつの真似でも良いから孫である良家の子女を装ってくれ。見てくれなら何の問題もないし、現地に着いたらそいつもフォローしてくれるからな』


「え、ええ…!?」


 口下手な上に、人に見られることが大の苦手な私に良家の子女なんてどう振る舞えばよいかなんて見当もつかない。


 だが、私の不安な気持ちをよそに【師匠】はそのまま私を支部に【転送】し…


「ううう…」


 私はスーツ姿で緊張しながら離島専用のクルーザーから島に降り立つ。


 時化のためか周囲は霧がかっているものの、個人所有の島というだけあって、船着き場から館までの道のりは綺麗に整備され庭には動物型に刈り込まれた植木があちらこちらに見えた。


(…こんなのどう立ち回ればいいのよ、)


 すると、私たちの眼の前でカートを押す婦人が石段につまづくのが見えた。


「あ…大丈夫ですか?」


 とっさに駆け寄ると老婦人は「あらあら…」と言いながら私の手に捕まる。

 

「ごめんなさいね、年をとると足腰が弱っちゃって。昔は貴女みたいに活発な娘さんだったのよ?」


 私は上手く答えることができずモゴモゴと言うと老婦人は後ろの私の同伴者に目を細めてみせる。


「…あら、もしかして有名な東雲グループの会長さん?では、こちらの方は」


 首をかしげる婦人に、身長が低くポメラニアンにそっくりの顔つきの東雲春吉しののめはるよし会長は淀みなくつらつらと答えた。


「彼女は末の孫娘のことみだ。海外の大学院で博士課程にいるのだが、たまには羽を伸ばせと私が無理に連れて来た…もしや、貴方はベストセラー作家の勝俣かつまた大亜奈だいあな先生でお間違い無いかな?」


「あらあら、まあまあ」と嬉しそうな声をあげる大亜奈氏。


「そんな大層なものを書いているつもりは無いのだけれど、東雲グループの会長のお目に留まるなんて光栄だわ。もっとお話したいですけれど、何ぶんこの夜霧が体に染みますので…食事会の時にまたお話ししましょう」


 そう言うと老婦人は「ありがとう」と答え、すっと私の手を離す。


「…貴女、ヒールで上手に歩ける練習をしたほうが良いわ。悪い人ではないようですけれど会長のお孫さんを演じるのなら、もう少し優雅さがないと…ね?」


「え?」


 そして呆然とする私を残し、大亜奈氏は館の中へと入っていった…


「東雲グループ会長様、並びに孫娘のことみ様。当館にお越しくださいまして、ありがとうございます。私、執事の筒井と申します。間も無く会食会が始まりますので、お席にお連れいたします」


 そう言って優雅にお辞儀をしたのち、執事は私たちの手荷物をメイドに預けて先へ進む…みればホールにはもう一人執事がいて筒井と全く同じ顔をしていた。


「縒白財閥の当主である定次様は双子の弟様がおりまして、このような催し物を行う際に、執事からメイド、コックに至るまで双子の兄弟姉妹を揃えてゲストをお迎えするのが習わしになっているのでございます」


 …そりゃあ、すごい。

 もしこれがミステリー小説なら入れ替わりトリック使いまくりである。


「ちなみにこの相似館そうじかんの隣には同じ様式の酷似館こくじかんと呼ばれる別棟がありまして、定次様のその時の気分次第でどちらで開催するかを決めております」


 うーん、ますますミステリーっぽい。


「また、本日はお天気が優れないので作動できませんが、周囲の景観を楽しめるパノラマ機能もございまして、館全体が180度回転する趣向はゲストの皆様にもご好評をいただいております」


 …ダメだ、なんかお腹いっぱいだ。

 これだと怪獣がいなくてもここで何か起きるような気がしてくる。


「それに、この島には昔から伝説がありまして。詳しい内容は旦那様がお話してくださると思いますが縒白家の先代がこの島で鬼と出会い、鬼の力を使って財をなしたという霊験あらたかなお話もあります」


 私は頭痛がしてきたが、燭台を手に持ち先導する執事の仕事を増やすわけにはいかず…と、周囲を見て気づいたことだが、どうやらこの館は灯りにロウソクを使っているようで電気系統の類はなく館内のあちこちに燭台が置かれていた。


「では、こちらの食堂でしばしお待ちを」


 そう言われ、私たちは1人の制服警官が部屋に立つ食堂に案内される。


(…すご、ここってガードマン代わりに警官まで雇ってるんだ)


 私は感心しながら部屋を見渡す。


 豪華な調度品のテーブルには背広を着た中年ぐらいの茶髪の男。

 その隣に穏やかに座るのは先ほど私に声をかけた老婦人の大亜奈さん。


 空いた席は4つ。

 奥の席は当主とわかるが、私と会長を含めてもあと1つ空きがある。

 すると立っていた警官がススッとこっちに寄ってきた。


「…失礼、私は警官の根津ねずというものだが身分証の提示をしていただきたい」


 私はその言葉にギョッとするが、隣の会長は「おや?」と疑問の声をあげる。


「招待状なら先ほどの執事に確認させたが、まだ足りないのかね」


 すると根津と名乗った警官は「…いえ」と断りを入れて座っている銀髪の男をちらりと見る。


「本官が事前に調べた招待客の中に素性が違う人間が紛れ込んでおりましてな、もしや賊がこの中に紛れたとしたら一大事と思い、こうして身分証を…」


 そこに座っている男が口を出す。


「その必要はない。僕はすでに高校生探偵【銀鴉】であることを証明した…それともなにかい、変装した姿で食事をするのは無粋だとでも言いたいのかい?」


 そして男が顔につけていたマスクを剥ぎ取った。


 …そこから覗くのは銀髪の若い青年の顔で、彼はどこに隠していたものか黒く着色した鳥打ち帽とマントを羽織る。


「だとしたら、すでに現役の刑事を引退している身でありながら、未だに警官の制服を未練たらしく着ている服務規程違反の男も問題だと思うが…?」


 その言葉に警官姿の根津は顔を赤くする。


「なにおう…本官が制服であることは警視庁でも許可されたことで服務規程違反で訴えるのならば訴える側がムショに行くことになっているんだぞ」


「ほほう。権力を使うなんて、さすが公務員さまさまですね」


 煽る【銀鴉】に大亜奈が「まあまあ」と優しくなだめる。


「若い探偵さんはご自身の認知度からトラブルを避けるため、元刑事さんは刑事を辞めた事件の後悔から制服を着用していらっしゃるのね…人もそれぞれ物語がありますし、お互いを尊重することが大切だとは思いません?」


「本官はその話はまだ一度も…」と狼狽する根津に対し【銀鴉】は「ほう、」と何かに気づいたかのように老婆の足元のカートを見る。


「さすがは老婦人探偵【バランスボールの大亜奈ダイアナ】…10年前に現役を引退したと聞いておりましたが、まだまだご健在で」


 すると大亜奈は「ふふふ」と小さく微笑む。


「あら、私はただの小説家としてこの島に来たんですよ。皆さんとおいしいご飯を食べて歓談できれば、この老いぼれには十分」


 そして大亜奈は天井を仰ぐとこうつぶやいた。


「それにしても当主の方が遅いわねえ。使用人も出払ってしまっているようですし…何かあったのかしら?」


 直後、絹を裂くような女性の叫び声が響いた。


「おや、2階で何かあったようだ」


 その声に私たちは2階にある書斎に向かい…当主の死体を目の当たりにした。

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