6−4「館の真実」

 …廊下に倒れた人々を避けて先に進むと廊下に置かれていた燭台が半数以上、根こそぎ消えていた。


『おそらく、この館内のあちこちにあった燭台がキノコの本体だったのだろう。それが一斉に胞子を出して、この事態になったに違いない』


 【師匠】はスマートフォンから風を発生させ胞子を吹き飛ばすが、館じゅうに胞子が広がっているため私たちだけ空気のボールに包まれているように見える。


 燭台キノコは廊下を駆け、書斎の中へと逃げ込む。

 私たちが後を追うと【バランスボールの大亜奈ダイアナ】と【銀鴉】が倒れていた。


 抵抗したのだろうか【大亜奈】は口元をハンカチで覆い、【銀鴉】の手にあるバランスボールはしぼんでしまっている…しかし、周りを見渡せど書斎に逃げ込んだキノコの姿が見つからない。


『…いかんな、あのキノコはドアの隙間も通り抜けていた。おそらく、どこかの隙間から外に逃げてしまったかもしれない』


 スマートフォンから風を流しながら【師匠】は落胆の声を出すが、私は室内にどこか引っかかりを覚え、【銀鴉】の元へと歩き出す。


『…おや、空気の流れが少し違うようだ』


 スマートフォンで室内の様子を見る【師匠】は何かに気づいたようだが私も【銀鴉】の手に握られたバランスボールをじっと見つめる。


 白い線、細いながらもゴムを引っ掻いた跡。


 【銀鴉】の手には裁縫用の針が握られており、どうやらこれで書いたようだ。

 途切れかけているところもあるが、4・2・3・7・6とも読める。


「そう言えば、書斎についてメイドが何か知っている様子だった…サクちゃん、何か気づいたことはあるか?」


 会長の声に【師匠】は『うむ』と答える。


『そこの本棚に風の流れが違うところがある。もしかしたら…』


 【師匠】の指摘する本棚へ向かうと会長が「おや」と言った。


「何冊か本の背表紙に指の跡がついている…胞子の中でも、動ける人間がいたということか?」


 ずらりと並んだ全集は1巻から順に並べられている。

 

 私はそこにピンとくるものを感じ、会長に「ちょっと失礼」と断りを入れて、ボールに刻まれていた数と同じ巻数の本を少し引き出してみる。


 カチッ…その時、何かが動いたような音がした。


『おお、ヒントはさっきのボールに書かれていた番号か』


 感心する【師匠】をよそに私は本を数字の書かれていた順に動かす。

 そして、最後の本を動かすとガチンと音がし、本棚が横にスライドした。


「ことみちゃん…もしかして推理マニアなのかい?」


 会長が横合いから聞くと、私は「いえ、子供の頃にかじってたくらいです。今は怪獣見物と写真が趣味ですね」と素直に答えた。


 それを聞いた会長はフムムと言ってアゴに手をやり「趣味を仕事にできることは良いことだ」と妙に嬉しそうな声を出す。


 本棚の先には開けた空間と古風なエレベーター。

 上下階のボタンの下には鍵が付いており、ボタンを押せば今も作動しそうだ。


「…縒白よりしろ財閥は軍事関係にも出資をしている。執事の言っていた館のギミックといい、もしかしたら他にも館内に仕掛けがあるかもしれないのぉ」


 ワクワクしている会長の言葉を聞きながら私たちはエレベーターに乗りこむ。

 鍵についた銀プレートを見ると裏にうっすらと『始』と印字されていた。


 そして会長がボタンを押すと、エレベーターは地下へと向かい…


「…おや、どうやら胞子を吸い込まなかったゲストがいたようですね」


 洞窟のような通路の奥。その先にあるガラス張りのオペレーションルームで、当主の双子の弟である縒白定始はこちらを向き、うっすらと微笑む。


「なかなかの趣向だったでしょ?私はサスペンスが好きでしてね。探偵に出した脅迫文も自作ですし…あれでだいぶん場が盛り上がったとは思いませんか?」


 定始氏の手に握られているのは旗の形をしたキノコ。

 今まで私たちが見つけた柄だけになったキノコは彼の仕業のようだ。


 …そこに【師匠】は口火を切る。


『くだらん猿芝居はやめるんだな。この星に流れ着き歴代の当主や館の人間の体に寄生し、さぞかし満足いく生活が送れた事だろう…だが、それもここまでだ』


 すると定始氏の首がガクンと下がり「えー、それは困るよお」と、甲高い声と共に彼の手のひらが上に向けられ持っていた旗が吸い込まれていく。


「せっかく怪獣の背に寄生して、長い事かけて子孫を増やして星を出て行く算段までしてきたのに…それを止められちゃうのお?」


 そして、手の中から何かがずるりと這い出てくる。


(…!!)


 それは、室内に置かれていた燭台に擬態したキノコ。

 ロウソクの中央に穴が開き、そこから声を発しているようだ。


「僕らは代々この一族に寄生して知能を蓄えていただけだよお。ゲストに胞子を吸わせて記憶をもらうのも情報更新して星を出られるようしたかっただけだし…こうして旗の部分を折れば、ゲストも半日で今日のことを忘れて目を覚ますんだから、何も悪いことしてないでしょ?」

 

 …いやいや、人の記憶を奪うだけで十分に悪いことだと思うが。それにしても、別の怪獣の背に寄生して来たとか、どれほど長い間この星にいたのか。


『おそらく、最初に【上】がこの星に来た頃からだろう。あの時【転送】された怪獣にこいつは寄生していたようだ』


 同時に、私の持つスマートフォンに以前に見た醤油差しと戦う人型怪獣の拡大写真が映し出される。その先端…ちょうど怪獣の指の先辺りに燭台がちんまりとくっついているのが見えた。


「…げ、マジでこんな昔からいたんだ」


 ギョッとする私に『いや、問題はそれだけじゃない』と声をあげる【師匠】。


『こいつらは島の中で子孫を増やし、独自の文明を築きあげている…すなわち』


 その時、室内でアナウンスが響いた。


『まもなく、ロケット発射。乗組員は直ちに乗り込んでください』


 同時に室内が大きく揺れ、館が左右に分かれると縦長のロケットが出現する。


「もう時間がないや。妻も子供も家財道具を積み込んで乗り込んでるし、殿の僕も乗り込まないと…じゃあね!」


 言うなり燭台はずるりと宿主の体から離れ、ガラスの隙間をぬって素早く逃げていく。私はとっさにスマートフォンを燭台に向けるが…


「あれ、反応しない?」


 慌てて画面をいじるも、やはり反応せず。

 そこに【師匠】が言った。


『あー、やっぱりこうなったか。【弟子】よ…あれは怪獣ではない』


 私は「はあ?」と言ってロケットを見る。


『【上】はな、怪獣が独自の文明を持った時点で【転送】を放棄する。今回は奴さんが【寄生】という手段を用いながらも島外に出ず、独自の技術を確立して宇宙へ出たことを評価したようだ。こうなった以上、もはや怪獣とは呼べない…』


 ロケットは轟音をあげて上がっていき、弧を描いて夜空に消えていく…


『あれは知的生命体。独自の文化を確立した宇宙人と【上】は判断したようだ』

 

(マジ…?)


 私が呆然としながら夜空を見ていると【師匠】は『…さて』と言った。 


『怪獣はいなかったし、館には記憶を無くした犠牲者が倒れている。空には謎の飛行物体も出てしまったし残念なことに本来始末するべき人間は【上】の都合で役に立てそうもない…ハルさん、こういう場合はどうするんだっけ?』


 【師匠】が声をかけると、会長は首を振る。


「…まったく、サクちゃんも人が悪い。この手の事があるからこそ、財団法人・スターライトの事後処理部門とその責任者である私がいるんじゃあないか」


 …その時、私は気がつく。左右に分かれた館。

 その周囲に重装備をした人たちが複数人来ていることに。

 

「心配しなさんな、私のところの処理班は有能だからな。明日の新聞記事の片隅にすらこの事件のことは載らないことを保証しよう」


 そう言って東雲グループの会長である東雲春吉はこちらを見てニヤリと笑う。


「どうだい、影の総帥っぽいかい?」


 …ポメラニアンのような老人はそう言うと可愛らしく小首を傾げて見せた。

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