2−3「招く、猫」
「…この辺りには落ちたものを狙うカラスや猿もおりますから、拾った後で彼らがしまいこむ穴に行ってみましょう」
三毛猫が招いたのは森の中の斜面の一角にある横穴。
ひと一人が頭をかがめてようやく入れるような狭さ。持っていたペンライトで辺りを照らすと、片方のピアスや割れた鏡など、確かに光りものを獣が集めて放り出したような跡があった。
「道中に目当てのものがありましたら、どうぞお持ちください」
暗い穴の中で、猫は両の目を光らせながら私にそう告げる。
しゃべる猫は不思議だが…それよりも落としてしまったスマホが気にかかる。
道中、何台かスマホのケースや本体を見るも私のものとはデザインが違う。
「ねえ、あなたは人に何て呼ばれているの?」
単純な興味からの質問。
すると三毛猫は少し物思いにふけるよう上を見て、こう言った。
「何ぶん、齢2000年近くも生きていた為、その名もとうに忘れ果てておりましたが…名付けてくれた方は【土蜘蛛】と呼んでおりました」
土蜘蛛…それは猫を拾った女の治める集落の蔑称でもあった。
山に穴倉を掘って暮らす人々。
その様が土蜘蛛に似ていたことに由来すると猫は語った。
「名は蔑称ですが、あの方がどこから来たかもわからぬような瀕死の私を拾い、可愛がってくれたことは事実です」
…お前と私はどこか似ている。
猫を撫でるたびに女豪族はそう口にした。
「土地の奪い合いが当たり前だった時代、あの方は民のため懸命に戦いました。しかし朝廷の兵が砦に進軍する頃には無力な私は降りしきる矢の雨の中で、ただ逃げ惑うしかなかったのです…」
猫は私の顔をチラリと見てこう続けた。
「貴女は、あのお方に似ております。凛とした横顔、長い髪。よもや黄泉の国から戻ったのかとさえ思えるほどです…」
鼻をつく腐臭。それは穴の先、仄暗い森の方からしてくるようだ。
前を向くと風によるものか周囲の木々がざわめいている。
「あれから幾星霜、私は己の体を保持するだけではなく、ついに仲間を造ることを覚えました」
穴を抜けると開けた窪地に佇む猫の姿が見えた。
揺れるのは木々ではなく、そこに止まる赤い目をした猿やカラスの声。
だが、そのどれもが羽がボロボロか、喉を噛み切ったような跡がある。
「今や我が兵の数は500を超えております」
月明かりの中、猫の体が縦横に裂け、毛深い蜘蛛の手足が生えていく。
「…さあ、進軍のご命令をば」
人間大となった巨大な蜘蛛。
その頂点で斜めに傾いだ猫の頭部が私にそう語りかけた。
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