2−2「師匠、落とす」
車を走らせ30分、少し肌寒いくらいの神社近くの雪解けの山道。
苔むした木々の先で鳥のさえずる声が聞こえる。
『なるほど、野山の散歩がてらの撮影か。それなら体力もつくし、写真の練習にもなるな…どれ、試しに近くの野鳥でも』
私は上を向くと素早くスマホのシャッターを切る。
撮れたのは枝に止まった尾の長いエナガ。
すぐに幹に飛び移ったことから餌の虫を探しているのかもしれない。
『上手いな、鳥の姿がしっかり分かる…写真は得意なのか?』
【師匠】の言葉に私は笑って首を振る。
…生物写真を撮ることは好きだが、写真が上手いかといえばそうでもない。
高校時代にほだされ写真コンテストに応募して入選したこともあったが、写真に力を入れれば入れるほど、なぜか上手に撮れなくなり、大学受験の頃には時間の都合で自然と応募も止めてしまっていた。
『ふうむ、会社のことといい、どうやらお前さんは無理に周囲に合わせるより、自然体で何かをするほうが向いているようだな』
ひとりごちる【師匠】を尻目に、私は次々と鳥の写真を撮っていく。
…やはり、気ままに撮影することは楽しい。
動植物をシャッターに収めると自分も森の一部になれるような気がする。
虫の動きや植物の成長を見ていると新しい発見もあり、時間を忘れる。
『そろそろ疲れたろう、今日はもう帰ったらどうだ?』
気がつけば、撮り始めて3時間近くが経っていた。
『だいぶん夢中になっていたようだな。斜面は体力の消耗が激しい、今日は風呂に入ってゆっくり休むと良いぞ』
山は日が沈む前に早めに降りるのが鉄則だ。
【師匠】の助言に従い、私はゆっくり目に坂道をくだる。
見れば、有名神社の近くだけあり土産物屋も立ち並んでいる。お金がない時には素通りしていたが、ここで夕飯のおかずを買うのも良いかもしれない。
「あの、帰りに土産屋に寄っても良いですかね?」
私がおずおずと聞くと【師匠】は一言。
『別に、良いぞ』
…でもまさか、それが原因でスマホをなくすとは思わなかった。
「あの、すみません!白いスマホがこの辺に落ちていませんでしたか?」
買い物袋を持って慌てる私に土産物屋のおばさんは首をかしげる。
「んー、落し物?見ないわねえ、下の観光センターに相談してみた?」
すでに届け出は出しているものの、盗まれでもしたらと思うとゾッとする。
何しろ、あれがないと【師匠】と連絡できない。
番号もわからないのに、今後怪獣が出たらどうすれば良いのか。
(…というか、こんなミスするなんて【弟子】失格じゃない)
見つけられたとしても激怒した【師匠】に破門されるかもしれない。
たった2週間での破門、手持ち500万での再出発。
(どうしよう、どうすれば良い…?)
額に浮かぶ汗。神社の参道に夕暮れどきの冷たい風が吹き込む。
周囲には待ち合わせなのか、あたりを見渡す参拝客の姿もちらほら見えた。
(車の中を見るか?いや…自分の携帯に電話をかければ場所がわかるかも)
そうして、近くの公衆電話を探し始めた頃…
「どうしました?何かお困りですかね?」
不意に足元に冷たいものがすりっと通り抜ける感覚がした。
見れば一匹の三毛猫が私の足にすりついている。
「よろしければ、お手伝い致しましょうか?」
猫はカパリと口を開けると私にこう言った。
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