×リビングパイダー

2−1「そうだ、山に行こう」

 【弟子】になって2週間。

 私は以前とは比べ物にならないほどの健康的な生活を送っていた。


『今のところ、怪獣も出る気配はない…どうだ、少しは体力もついたか』


 時刻は昼の12時。あの日から【師匠】は私のスマホを通し、時折アドバイスをくれるようになった。

 

 通話ができるのは朝の9時から夕方の4時くらいまで。

 【師匠】に聞いたところ通信費は別途で支給されるとのことだった。


 そして、怪獣出現までのあいだできることはあるかと聞くと『これだけはやっておけ』と指示されたことが4つ。

 

 一つ、朝の6時に起き、夜の10時に就寝する。

 一つ、朝食を作り、ゴミ捨てついでに日光を浴びて近所の散歩に行く。

 一つ、日に三度のラジオ体操をし、体を十分にほぐしておく。

 一つ、土日はしっかりと体を休ませておく。


 …内容だけ見れば、結構ゆるい感じがしないでもない。


『下手な運動でもして体を壊されたらたまらんからな。まずは日常のサイクルをきちんと行うことから始めないとな』


(…仕事をしている時はここまで余裕はなかったなあ)


 肉団子スープと野菜サンドイッチを食べながら私は以前の生活を思い出す。


 職場が遠いために帰りは夜の7時台になり、体のだるさを我慢しながら洗濯や炊事を終える頃には就寝時間が夜11時になる。

 

 それでも翌日の仕事を考えると目が冴えて眠れず、気がつけば深夜の3時。

 フラフラの頭を抱えながら車で1時間超えの通勤をして職場に行く。


 週休二日制をでも土曜出勤が週2回ある職場。

 休日には倒れ伏すように寝て、翌日疲れを残したまま出勤する日々。


 でも先輩は「これでもマシになった方だ」と言い、私も社会ではこれが当たり前なのだと必死に自分に言い聞かせていたが…


『それじゃあ、効率の良い仕事はできないな…しかも、職場の先輩との仲が悪く昨今の不況でボーナスも減額。引越し費用も貯まらずに近場の転職もままならないとすれば…体調が悪くなるのは時間の問題だったと思うぞ』


(いつも思うけど、どっから情報を手に入れるんだろう?)


 私はスープを口にしながら首をひねる。


 …正直、【師匠】についてはまだまだわからないことが多い。話を聞いても、『混乱するだけだぞ』とはぐらかされることもあるし、【弟子】という立場上、あまり多くを聞くのも気がとがめる。


 ただ、【師匠】が言うには今私に必要なのは体力作りだそうで怪獣と対峙した時に素早く動けるよう多少の動きは練習したほうが良いということであった。


『何もアスリートレベルまでなれとは言わん。必要な時に素早くスマホを向けられる程度の瞬発力だ。機能についてはこちらで順次サポートするし、実践の時に説明していけば自然と体で覚えるだろうからな…備えるべきことは備えておけ、もちろんお前さんのできる範囲でな?』


 幸い、仕事を辞めた後、体のだるさや痛みは随分和らいだ気がする。


 …でも、怪獣はいつ現れるかわからない。

 【師匠】の言う通り、備えるべきことは備えておくべきだ。


 それに、お金がある以上は余裕もある。

 今、私にできること…それは。


 私は昼食を食べ終えると立ち上がる。


「そうだ…山に行こう!」


『…どうした、頭でもぶつけたか?』


 【師匠】が心配そうにそう聞いた。

 

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