1−4「大金と弟子」
「…番号教えていないのに、ちゃんとお金が入ってる」
お昼時、私は通帳を見て絶句した。
自分の口座に500万円が入金されていた。
入金先は『カイジュウ テアテ』となっている。
『言ったろ?怪獣一体の転送につき手取り500万が即入金される。これなら、仕事に行かなくても問題はないってことだ』
【師匠】の軽薄な言葉に、私は手に持ったスマートフォンを睨みつける。
…確かに500万は大金。でも、節約して1年くらいの生活費。
一生暮らすにはとてもじゃないが足りなさすぎる。
『ちなみに怪獣の出現スパンは週に1回、長くても1月に1度の割合だ』
(…!!)
ちょっと待て、そうなると話は違ってくる。
『終身雇用の福利厚生あり。俺は50年ほど勤め上げたんだが…1年も倒せば、ちょっとした資産家になれるぞ』
【師匠】の言葉に私はグラグラする。
福利厚生付きの月一か、週一就業で500万の稼ぎができる仕事。
スマートフォンを怪獣に向けて単純操作で帰還させる簡単なお仕事。
でもこんなうまい話、きっとそれなりにリスクを伴う可能性があって…
『まあ、昼飯どきの初給料だ。その金で先に腹ごしらえしたらどうだ?』
その瞬間、私のお腹がぐうと鳴る。
そういえば、このところまともに昼食を食べた記憶がない。
私はノロノロと万札を引き出すと自宅近くのファミレスへと向かい…
注文したおろしハンバークを食べた瞬間、思わず涙がポロポロとこぼれた。
『おいおい…まさか泣くことないじゃないか』
机に置いたスマートフォンから【師匠】が困ったような声を出す。
幸い、ファミレスの端にいるため誰も見ている人はない。
私はカバンから出したティッシュで鼻をかむと再びハンバーグに手をつける。
久しぶりの外食。その食事を美味しいと感じることができた。
それは、ここ数ヶ月のあいだ思い出すことのできなかった感覚だった。
「…私、今まで疲れていたんだ」
思わず出たその言葉…すると【師匠】が言った。
『怪獣を見る人間は精神的に弱っていることが多い。心が弱った人間ほど、怪獣と同調して互いに見えやすくなる性質があるんだ』
【師匠】は続ける。
『怪獣は宇宙空間の隙間からこの地球に落ちてきた生物の総称を指す。しかし着地時点では場が安定してないために通常の人間がそれを視認することは不可能だ…だからこそ今回のように怪獣が起こした電波障害や停電も人は知ることができず、また、起こした被害も自然災害くらいにしか思われないのさ』
そういえば、人事課も先程まで通信機器に障害が発生していたと言っていた。
それも怪獣の起こした現象だったといえば…うなずける。
『怪獣を見た人間は、怪獣にも視認されやすくなる。運が悪いと食われることもあるし、心が弱っているぶん、人間の方がうかつに近寄って巻き込まれた挙句に死んじまうこともある…お前さんは後者のタイプだな』
【師匠】の言葉に振り返る。
確かに、私は怪獣が昔から好きだった。
でも、別に怪獣に殺されたいとまでは思わなかった。
『最初にお前さんを見たときはまるで特攻機のパイロットのようだったよ…会社にいた時の様子から鑑みても、大分追い詰められていたのはわかったさ』
(…あの時はハイになって分からなくなっていたけれど、無意識的に死のうとしていたのかもしれない)
そう考えると膝が震える。
もしかしたら…いや、【師匠】が声をかけてくれなければ、私はきっとあのまま怪獣に向かって死んでいたかもしれない。
だが、結果として私は【師匠】に命を救われた。
【師匠】のおかげで私は生きて帰ってくることができた。
でも、怪獣と会った時の高揚感と探究心は変わらない。
こんな生物と今後も関われるのなら私はそれを仕事にしても良いと思う。
(…これは、私に与えられたチャンスなのかもしれない)
【師匠】はあの奇妙な巨大な生物は今後も日本に出現すると言った。
私が弟子になれば、再びあのような生物と対峙できると言った。
「あの…【師匠】」
『ん?』
デザートのパフェが運ばれてきた後、私は【師匠】に言った。
「…私を、弟子にしてください」
【師匠】はそれに小さく笑う。
『いいぞ、契約成立だ』
【師匠】は『それと』と続ける。
『先にパフェを食べておけ。今のお前さんに必要なのは心の平穏と健康だ。次の怪獣が出るまで時間もあるし、じっくり体力をつけていくことから始めよう』
…こうして、私は正式に【師匠】の【弟子】となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます