1−2「電話口の男」

「…あんた、誰よ」


 私は車を道の端に止めると電話口の男に聞く。

 表示では『師匠』とあるが、そんなアドレス登録した覚えもない。


『だから、俺がお前を弟子に取ると言っているんだよ。なあに、スマホを持ってこれから俺の言う通りにしてくれれば万事がうまく収まるさ…何しろ、お前さんには長年経験者で【師匠】である俺が付いているからな』


(…意味わかんない)


『まあ、このままにしておけば、いずれあの怪獣は川を下って街に行くはずだ。そしたら今なんかじゃ比べ物にならないくらいの被害が出ることぐらい、オツムの弱いお前さんでもわかるだろ?』


 どうもこの【師匠】を名乗る電話口の相手は口が悪い上に、人を煽るタイプのようだ。しかし、彼の言う通りにしておけば怪獣はどうにかなるらしい。


(…今まで、何かしようとしても、どうにかなった試しなんてないのに)

 

 内心拗ねつつもスマートフォンを手に取り、私は【師匠】とやらに聞く。


「で、どうすればいいの。車止めちゃったから距離は開くばかりよ?」


 すると【師匠】は笑った。


『そっちの方が都合がいい。今すぐ車から降りてスマホを怪獣に向けろ』


 私は指示通り車から降りると、とりあえず持っていたスマホを向ける。


 気がつけばスマートフォンは勝手にカメラモードに切り替わり、怪獣が縦横のグリッド線の引かれた画面の中に収まっていた。


『今だ、シャッターボタンを押せ!』


 タンっとボタンを押すと同時に、怪獣の周囲に青い光が現れた。


 それは画面の中と同じ青いグリッド線であり、それらが怪獣の周囲を囲むと、まるで檻のような形状になる。


『ターゲット、ロックオン』


 【師匠】とは違う女性の音声が流れ、三つのアイコンが浮かび上る。


 一つは【転送】と書かれた銀河系のような表示。

 一つは【修復】と書かれたトンカチと包帯の表示。

 一つは【破壊】と書かれた破裂のような表示。


『三つのアイコンが見えるか?このうちの【転送】を選べ』


 …気がつくと、スマホを持つ私の手には汗が浮かんでいた。


 目の前には青いグリッドの檻の中に浮かぶ怪獣。

 【転送】【修復】【破壊】と書かれたアイコン。


(…もしかして、これミスるととんでもない被害が出るのでは?)


『早くしろ、中の怪獣も暴れているぞ』

 

 みれば檻の中の怪獣はガタガタと狭い空間の中を暴れていた。

 【師匠】の声に私はハッとし、【転送】のボタンを押す。

 

 次の瞬間、グリッドの檻の上部の空間がグニャリと曲がると、檻はその中へと吸い込まれるように消えていき…後にはただ青い空だけが広がっていた。


『…おい、ボサッとするな次は後ろの崩れた山を同じようにスマホで映せ』


 私は慌てて後ろを向くと、崩れた山にスマホを向ける。

 今度は、崩れた山全体にグリッド線が引かれていく。


『よし、今度は【修復】だ。間違っても【破壊】を押すんじゃあないぞ』


 私は言われた通りにアイコンを押す。

 すると、先ほどまで崩れていた山がみるみる元の形に戻っていく。


『…そう、これがスマホで怪獣を還した後の基本になるから覚えておけよ。あと奴さんが踏んでいったところも全体的に直しておくか…よっと』


 言うなり、急にスマートフォンの画面が切り替わり、上空からこの辺りの田畑を見ている映像へと切り替わった。


『上から見ても黒い穴ぼこがいっぱいあるだろ?画面の切り替え方は後で教えるから、ともかく画面を一回タップしてくれ』


 指示通りタップすると穴ぼこに先ほどのグリッド線とアイコンが出現した。


『後は、言わなくてもわかるよな?』


(…その言葉、苦手だな)


 私は、震える手をさまよわせて一瞬【破壊】の場所に行きかけるも、すぐに【修復】の方へと指を伸ばす。


『よし、押せ』


 タンっと画面を叩くと周囲の土がざわざわと動き出し、元の場所へと収まっていく。後には何事もなかったかのようなのどかな田園風景が広がっていた。


『…ふー、こんなもんかな。最初にしちゃあ及第点だな。俺の先先代の師匠は、うっかり最初に【破壊】を押しちまって、山を吹っ飛ばしたって言ってたしな』


 その言葉にギョッとする私。


『まあ、間違えなきゃいいし、その後で【修復】すれば何の問題もないからな…じゃ、これで最初のレクチャー終了だ。まずはおめでとう、後は正式に俺と師弟関係を結んでくれるかの確認だが…ちょっと待て、どこに行こうとしている?』


 私は車に乗り込むと、こう言った。


「会社に戻る…だって、勝手に抜け出したから謝りに行かないと」


『…そうかい、あんまりオススメはしないがなあ』


 そう言ってプツンと切れる画面を見た後、私は車を発進させた。

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