第14話 『お友達』とは②
「うぬぉ……ええ、なぜ、叩っ……おお!?」
「何やってるんだ、もお」とまりんはちょっと涙目になりながら、凛々しい顔つきになって呟いた。「ハクちゃんを困らせに来たんじゃないのに。『お友達』失格だ」
「え……いや、そんな大袈裟な……」
「いいんだよ、国矢くん!」
ぎゅっと両手に拳を握り締め、まりんはムンと力のこもった眼差しで俺を見上げてきた。
「言いたくないことは言わなくていいの! 国矢くんの自由だよ!」
「じ……自由……?」
「問いただすようなことしてごめんなさい!」とぺこりとまりんは頭を下げてから、愛くるしく微笑む。「まりんに関係ないことがあっていいの。それがきっと『普通』のことで、そのほうがきっと国矢くんには良いことなんだ」
むぅ……とつい渋い顔になるのが自分で分かった。
関係ない――どころか。全て余すことなく、まりんに関わることなんだが?
「分をわきまえないと……だよね。今度こそ、ズルしないで『友達』としてちゃんと仲良くなるんだ」
「ズルって……なんの話だ、まりん?」
すると、ふっとまりんの表情が昏く翳った。さあっと吹き込んできた風に短くなった髪をサラリと靡かせながら、逃げるように視線を逸らし、口許にはうっすらと皮肉そうな笑みが浮かぶ。
「今度は……『普通の女の子』として、国矢くんに近づきたい、て思うの。また国矢くんを『幼馴染』から奪うようなマネしたくないから」
ん……?
「奪う……?」
『幼馴染』って……千歳ちゃんのこと、だよな? いや、しかし――『また』とはなんだ? もしかして、昨日の件か? 昨日、千歳ちゃんとの幼馴染デートを中断して、まりんの元へ駆けつけてしまったことを気にしている?
「まりん……正直、話が全く読めていないのだが。昨日のことなら、気にする必要はない、と思うぞ? 千歳ちゃんも『行ってらっしゃい』と快く送り出してくれてだな……」
「――千早先輩のことじゃないよ」
それは聞き漏らしそうなほど、か細く切なげな声だった。
ちょうど、辺りに二度目の――本鈴のチャイムが鳴り始め、まりんは我に返ったようにハッとし、
「ごめん、国矢くん! HR、遅刻だ! 早く教室戻らなきゃ」
「あ、ああ……戻るのはいいいんだが……」
「ほら、国矢くん、急ご!」
グイッと腕を引っ張られるまま、俺は階段をぴょんぴょこ駆け上るまりんの背を追いかけるようにして三階へと向かった。
何かスッキリしないものを胸の奥に感じながら……。
さっきのまりんの言葉――聞き間違い……ではないよな?
千歳ちゃんのことじゃない? だとしたら……じゃあ、誰だ? 誰のことを言っている? 千歳ちゃん以外に俺の『幼馴染』と言えば、まりん一択なんだが。
それに――。
「そういえば……訊きたいことがあったんだった! あとでまた、訊きに行ってもいい?」
「ああ、もちろんだ。――てか、俺が行くぞ?」
「んーん。いいのっ。わたしが国矢くんのクラス行く」
へへ、とどこか含みを持たせて無邪気に笑い、「じゃあね」とまりんは踵を返して自分のクラスへと去っていった。心なしかスキップ気味になりながら。そのまま飛び立っていってしまうんじゃないか、と思ってしまうほどの軽い足取りで。
そんなまりんの後ろ姿を眺めながら、やはりホッとして……そして、ズキリと胸の奥が痛んだ。
やはり、しっくりこないのだ。『普通の女の子』という言葉。
もうちゃんと理解はできているつもりなのに。まりんの望み――俺に『幼馴染』じゃなく、『普通の女の子』として見てほしい、と望んでいること。
それでも、俺は……。
きっと、どんな人混みの中でも、俺はまりんの姿を見つけ、まりんの声を聞き分け、まりんのもとに誰よりも早く駆けつけられる自信がある。そして、まりんの元気な笑顔を確認しては、俺は幾度となく安堵するのだろう。
それはもう……梅干しを見たら、口が酸っぱくなってしまうような。身体の芯にまで染み付いた感覚で……。『友達』になったから、と言って消せるようなものではなく……。そして、きっと――まりんの望む『普通の女の子』に抱くべき感覚ではないのだろう、と思った。
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