第13話 『お友達』とは①

 残された俺とまりんはといえば……。


「なん……だったんだろうね?」

「まあ、人違い……としか考えられんが」

「思いっきり、国矢くんの名前言ってたけど……」

「うぅむ……」


 まさに嵐の去ったあとというやつか。しんと静まり返った踊り場で二人で小首を傾げて立ち尽くし、ややあってから、


「まあ、とりあえず」とまりんが気を取り直すように言って、くるっと俺の方へ身体を向き直した。「一件落着、だね? はい、どうぞ」


 ぱあっと向日葵の如く晴れやかに微笑み、まりんがそっと差し出してきたものは、やはり直視するのも憚られるような代物で。そのギャップに眩暈さえ覚え、


「すまん……!」とつい、俺は目頭をきゅうっと押さえて謝っていた。「俺の不徳の致すところだ! こんな穢らわしいものをまりんの目に入れてしまうなんて……一生悔やんでも悔やみきれん!」

「悔やみすぎだよ!?」


 ええ、とまりんは頓狂な声を上げ、俺の顔を覗き込んできた。


「平気だよ、わたし。これくらい……」

「『美少女盗撮100選』だぞ!? 『美少女盗撮100選』だぞ!?」

「なんで二回言うの! そこもちゃんと気づいてるよ! 気付かずにはいられないよ!」


 そりゃあ……とまりんは顔を紅潮させつつ、恥じらうように視線を逸らす。


「『盗撮』はびっくりしたけど……この本の写真はニセモノ、なんだよね? あくまで『盗撮っぽい写真』で……悪いことしてるわけじゃないなら、いいんじゃないのかな? 趣味……みたいなものでしょう? わたしは国矢くんが好きなものなら……汚いとか、穢らわしい、とか……そんなふうに思わない、ていうか……もっと、そういうことも教えてほしいくらい……で……」


 俺の……

 あれ――と不意に気づく。

 そういえば、俺はその誤解はちゃんと解いていただろうか? 確か、否定したことといえば……この本に載っている女の子がまりんには似ていない、とそれだけで。


「ちょっと……待て、まりん!? 言いそびれていたが、これは俺の趣味ではないぞ!?」

「え……違う、の?」

「違うぞ!? 断じて俺は盗撮には興味はない!」

 

 そうだった……! 千歳ちゃんにはキッパリ名言したが、まりんにはその辺りをはっきりさせるのを忘れていた。


「でも……じゃあ、これ、どうしたの?」


 ぱちくりと目を瞬かせ、不思議そうに俺を見つめるまりんの、なんと神々しく清らかなこと。

 朝の日差しも相まって、有り難みが過ぎる!

 だからこそ、余計に……罪悪感が荒波となって襲ってくる。今すぐにでも教会に駆け込んで、懺悔をしたいくらいの気分になりつつ、そろりと手を伸ばし、その胸元から諸悪の根源を抜き取る。なんと説明したら良いのやら、と考えを巡らせながら――。


「これは……だな……いろいろあって……まあ、そうだな……言うなれば、『貰い受けた』んだ」

「貰った? あれ……でも……さっき、千早先輩、『買った』って言ってたような……」

「あ、ああ……そうだな。そういえば、そうか。千歳ちゃんにもその辺りの誤解を解かねば……」


 しまった。うっかりしていた。

 まりんちゃんに似ている子が写っているから、このエッチな本を買ったの!? ――と、千歳ちゃんは言っていたっけな。なぜか、やたらと溌剌と……。


「千早先輩も誤解……だったんだ。そっか……」ポツリと呟き、まりんは不意に顔色を曇らせた。「でも……そもそも、なんでそれ、千早先輩に見せてたの?」

「ん……? ああ……そう、だな……それも、実は……」


 まあ、当然の疑問……ではあるか。俺も謎だ。なぜ、あんなものを千歳ちゃんやまりんに見せる羽目になってしまったのか。不運としか言いようがない。手違いの産物だ。しかし、どこからどう説明したらいいのやら。まずは、本来の目的だった俺の秘蔵アルバムを見せる経緯から説明すべき……だろうが。そこを話そうとすると、俺がなぜアルバムを隠すに至ったかも明かさねばならん。つまりは、まりんと出会う前の自分を消そうとした事実を……。

 ぐっと口許が強張る。

 言って……いいのか?

 それはおそらく……まりんにとって、何より聞きたくないことなのではないだろうか。きっと、『美少女盗撮100選』よりもずっと――。

 頭をガシガシと掻きながら、「あー……とだな」と言いあぐねていると、


「ごめん、国矢くん!」


 突然、まりんはハッとし、あろうことか両手で自分の顔を挟むようにピシャリと叩いた。

 って、叩いた……!?

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