第11話 お前か①

 俺……? 俺か……!?


「俺……がアニサキスとはどういうことだ!?」

「なんでそっちにつなげちゃうの!?」


 朝も早よから如何わしい禁書を懐に収め、外階段でわいのわいのとしていた――そのときだった。


「おい――!」


 突如として降ってきたその野太い声に振り返ると、


「もうすぐHRの時間だぞ。そこで何してるんだ?」


 ズンズンと地響きでも起こしそうな趣を醸して階段を降りてくる影があった。

 ヒョロリとして――それも、俺以上の長身で――細身の体躯。暗がりに獲物を狙うウツボのようにギラついた眼に、秋の野に転がる毬栗を思わせるツンツンと短く生え揃った赤茶色の髪。ポケットに手を突っ込み、左右に揺れるようにして階段を降りる様は、さながら流離さすらいの荒くれバンドマン……だが、身に纏っているのは俺と同じ制服。つまり、れっきとしたここの生徒ということになるが。

 あまりの威圧的な雰囲気に、思わず、ずいっとまりんを背後に隠すように俺は前に出て身構えていた。


「一年……だな?」と俺を値踏みでもするように見るや、そいつは俺の前に佇み、腕を組む。「こんなところで何をしてた? 神聖なる学舎で、まさか朝から不純なことをしていたのではあるまいな?」

「あるまいな……?」


 つい、俺とまりんの声が重なる。

 今にも『俺はアメリカに行って、俺の音楽ロックをかき鳴らしてくるぜ』とでも言い出しそうな風貌で、『アルマーニ』と口にするほうがしっくりくるものなのに。その口から出てくる単語はなんともお堅く、時代錯誤な感じすらする。よくよく見てみれば、そういえば制服の装いも非常にカッチリきっちりしている気がする。

 調子を狂わされつつも、


「不純なこととはいったい、なんだ?」と低い声で訊き返す。「そもそも、俺たちが何をしていたか、初対面の奴に説明する義理はないだろう」


 そういえば、こうして絡まれることも珍しい。まりんに近寄る不届き者も、俺の姿を見るや、顔色を変えて逃げ出していたものだ。こんな敵意も剥き出しに向かってくる奴は初めてかもしれん。

 そんなことを考えつつ、まずはまりんの安全確保が最優先――と、「まりん、行こう」と振り返るや、


「話は終わってないぞ、一年坊主! 早々に逃げ出そうとは、なんとも怪しい――」


 ガシッと腕を掴まれ、刹那、ふいに緩んだ懐からどさりと転がり落ちたものがあった。

 あ、と見た先で、これ見よがしに開かれた禁忌の扉が。決して見てはいけない――普通に生活していたら、およそモザイク無しで見る機会は無いだろう――業にまみれた画が、見開きでそこにでかでかと広がっていたのだ。

 一瞬、時が止まったかのような静寂があってから、


「どっ……」とそいつは俺の腕からパッと手を離して飛び退くと、素っ頓狂な声を上げた。「ド変態じゃないか、貴様!」

「いや、違……これは――」


 別に名も知らない奴に弁明などする必要もないはずなのだが。さすがにインパクトが強すぎて、すっかり動転し、条件反射で否定しようとした俺の声を、「違います!」と遮る声があった。

 ぎょっとして振り返ると、かあっと顔を真っ赤に染めたまりんが。動揺も顕に眼を泳がせつつも、意を決したようにすうっと息を吸い、


「それは……わたしのです!」


 と、これでもかと上擦った声を辺りに響かせた。

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